体験講座「お正月リース作り教室」

ドットライン

しめ縄を基調として、水引や折り紙を飾って作るお正月リースです

ドットライン

11月13日定員に達しました。ご応募ありがとうございました。

お正月リース

お正月リース

 子どもから大人まで楽しめる教室です。

  • 日 時:令和3年12月12日(日)
          午前9時から12時
  • 会 場:教育文化センター 206会議室
  • 定 員:5組(小学校3年生以下は保護者同伴)
          要予約
  • 料 金:無料
  • 講 師:宮坂ヤス子氏
  • 持ち物:はさみ、飲み物(必要な方)
          マスクを持参してください。
  • 申し込み・問い合わせ:旧山辺学校校舎
          (℡ 0263-32-7602)

 コロナウィルス感染拡大防止対策を実施して開催します。

体験講座「しめ縄作り教室」

はっぱライン

藁をなってお正月のしめ縄飾りを手作りします。

はっぱライン

11月21日定員に達しました。ご応募ありがとうございました。

  • 日 時:令和3年12月5日(日) 午前9時から12時
  • 会 場:教育文化センター 206会議室
  • 定 員:25名(小学校3年生以下は保護者同伴)要予約
  • 料 金:無料
  • 講 師:荒田直氏 ほか3名
  • 持ち物:はさみ、飲み物(必要な方)マスクを持参してください。
  • 申し込み・問い合わせ:旧山辺学校校舎(℡ 0263-32-7602)

 コロナウィルス感染拡大防止対策を実施して開催します。

R2年度しめ縄教室のようす

R2年度しめ縄教室のようす

しめ縄

上條館長の山城案内 宮原城

宮原城 みやはらじょう(松本市入山辺宮原)

 さて、今日は宮原城(みやはらじょう)です。
 山家城(やまべじょう)の対岸に位置しています。もともとは小笠原氏が諏訪系の神氏(後に山家氏を名乗る)を監視するために作った砦だと推測されますが、その後、播州姫路(ばんしゅうひめじ)より来住した折野薩摩守昌治(おりのさつまのかみまさはる)が山家氏と改名し、山家城を中心にこの地区を支配した際、改修したのではないでしょうか。そうすると小笠原城郭群として桐原城(きりはらじょう)、宮原城、山家城がつながるような気がします。山家氏は始めは小笠原氏に属していましたが、林大城(はやしおおじょう)の自落の後、村上氏を頼った小笠原氏とは袖を違え、武田氏に属し、川中島の戦いでも戦功があったとされています。この城は長野県町村誌には要害城跡(ようがいじょうせき)と記載されています。

薄川第一発電所

薄川第一発電所

 さて、道のりですが、薄川南の道をどんどん東に進むと舟付(ふなつけ)の集落があります。この入り口の左側に長野県最古の発電所である薄川一発電所(すすきがわだいいちはつでんしょ)があります。ぜひ、立ち寄ってみてください。
 その道を進むと右手に宮原神社(みやはらじんじゃ)が見えてきます。

もうしばらく行くと、右側に宮原の道祖神(どうそじん)があります。

道祖神を案内する看板

道祖神を案内する看板

宮原の道祖神

宮原の道祖神

 この道祖神は抱肩握手像(ほうけんあくしゅぞう)といい、二神が握手して立っている双体像(そうたいぞう)です。下の彫刻は全国的にも珍しい男女の合体像で、縁結びの神として広く信仰されています。ここも立ち寄ってほしい場所です。

道の右手(南側)の看板 地図1

道の右手(南側)の看板 地図①

 ここをあと100mほど進むと、右手に「宮原城登山口」の看板が見えてきます。この入り口に車を止めさせてもらいます。

 小さな川沿いに上るのですが、夏はかなりの草藪になってしまいます。雨が降ると沢が荒れるので要注意です。

鳥獣フェンスの金具 少し行くと、いつもの鳥獣フェンスがみえてきます。この入り口は奥の金具を持ち上げる形式です。少し、コツがいりますが、開けて入ってください。

 右側に大山神社(おおやまじんじゃ)という小さな社が見えてきます。道標は山手に向かう道を指示していますが、おすすめできません。むしろ、大山神社の上の方に登っていった方がいいと思います。

大山神社

大山神社

大山神社脇の道標 地図2

大山神社脇の道標 地図②

沢筋の道標

沢筋の道標

 大山神社脇の道標に従って沢筋を登ると、次の道標が見えてきます。ここからも直登できるのですが、こちらの道はおすすめできません。

宮原城おすすめルート地図

宮原城おすすめルート地図

昔の畑跡

昔の畑跡

 大山神社のすぐ上(西)の段には石積みがありますが、これは城域ではなく、昔の畑跡だと思われます。農業で使った廃材が散らばっています。

 この畑沿いを歩いていくと、いよいよ右手の山が待ち構えています。正直、道はほとんどわかりませんが、地元の方が歩いたであろう道筋があちこちに見えます。ピンクのテープが巻いてある松がヒントかもしれません。

ジグザグに登る坂の道標

ジグザグに登る坂の道標

 ジグザグにゆっくりと登っていくと次の道標に出会います。

空堀の道標 地図3

空堀の道標 地図③

 少しずつ平場(ひらば)もあり、そこを過ぎると空堀(からぼり)の道標があります。いよいよ城郭の雰囲気がでてきました。

 少し行くと三郭(さんのくるわ)、二郭(にのくるわ)に着きます。二郭には土塁(どるい)が築かれ、堀切(ほりきり)で主郭(しゅかく)とつながります。

二郭の土塁 地図4

二郭の土塁 地図④

 主郭は16m×8mの広さです。

主郭 地図5

主郭 地図⑤

 主郭の北側に積石(つみいし)が散乱しています。南側にもその姿は見られます。

主郭北側の積石

主郭北側の積石

主郭南側の積石

主郭南側の積石

 東側には入り口である虎口(こぐち)跡らしきものもあります。

虎口跡

虎口跡

 南側は水番城(すいばんじょう)と同じく、比高(ひこう)が高い山につながっていますので、山辺の城らしく四重の竪堀(たてぼり)がどんと作られています。(四重目は少し離れています。)

四重の竪堀

四重の竪堀

 宮原城は少々、道が整備されていないので、登りにくいですが30分ほどで、小笠原城郭群の片鱗が見えますので、登ってみてください。

※終了しました※令和3(2021)年度 第1回探古会を開催します

第1回探古会(古文書読解講座)
江戸時代の村の事件簿・追いはぎが出た-筑摩郡百瀬陣屋文書を読む-

※終了しました。ご応募ありがとうございました。※

令和3(2021)年度第1回探古会(古文書読解講習会)を開催いたします。
「古文書を読んでみたい」、「古文書に興味がある」という方は奮ってご参加ください。

今回のテーマは「江戸時代の村の事件簿・追いはぎが出た」。文化14( 1817)年 、百瀬原(寿北辺り)の事件に村人はバタバタ?「筑摩郡百瀬陣屋」文書を読んで学びます。

  • 日 時  令和3年11月23日(火・祝) 午前9時~正午
  • 講座内容 「江戸時代の村の事件簿」-「筑摩郡百瀬陣屋文書」を読む-
  • 会 場  松本市教育文化センター3階 視聴覚ホール
  • 定 員  40名(要予約・先着順)
  • 料 金  500円(テキスト代として)
  • 持ち物  筆記用具、飲み物(必要な方)
  • 講 師  青木教司氏/元松本城管理事務所研究専門員
           現NHKカルチャー「ゆっくり、楽しい古文書」「古文書読解入門講座」講師
  • 申し込み 11月6日(土)9時から
  • 問合わせ 旧山辺学校校舎(℡ 32-7602)

上條館長の山城案内 山家城

山家城 やまべじょう(松本市入山辺中入)

 今回は山家城(やまべじょう)です。
 この山辺地区は古くは諏訪氏(神氏)が支配していました。その一族の山家氏が鎌倉時代に居城を築いたとされます。その後、小笠原氏に滅ばされたあと、16世紀に折野薩摩守昌治(おりのさつまのかみまさはる)(のちに山家氏を称す)が播州姫路(ばんしゅうひめじ)からこの地に来てこの地を治めました。その時、城の基礎が作られ、武田氏が改修、増強しながら使用されたと思われます。

 さて、登城口は徳運寺(とくうんじ)の墓地の横からと徳運寺の東の道を上がった所と2か所ありますが、後者はかなり、道が荒れているので、徳運寺側から登ったほうがよさそうです。(R3,8月現在)

路地を左折

路地を左折

 まず、徳運寺を目指します。旧山辺学校校舎から東へ約4.5km、車で7,8分で徳運寺入り口になります。この路地を左折します。

徳運寺

徳運寺

 徳運寺になります。

 

 

墓地の道

墓地の道

 城には門の左手の墓地の道をのぼっていきます。

 

 

 

 

草藪を左側にのぼる

草藪を左側にのぼる

 墓地を抜けると草藪が。写真の位置を左側にのぼります。
 8月は草ぼうぼうで、わかりにくかったです。横に生えているキウイのつるも邪魔をします。この道、左側の路肩が欠けていますので、十分注意して登ってください。きっと、秋祭りの時には整備されると思います。

フェンス沿いにのぼる

フェンス沿いにのぼる

 フェンス沿いの道をのぼります。

鳥獣除けフェンス

鳥獣除けフェンス

 鳥獣除けフェンス入り口に着きますので開けて入っていきましょう。

白山大権現

白山大権現

 すぐに白山大権現(はくさんだいごんげん)の社が見えてきます。その上にも鳥居と稲荷社がありますので、そちらに向かってください。

  そこからは山道を登っていくのですが、結構な坂ですので休み休みいきましょう。
 途中の堀切(ほりきり)は深く長く、横堀(よこぼり)の役割をしています。

堀切

堀切

 アップダウンしながら登っていくと、西尾根の曲輪(くるわ)に着きます。ここは55×18mの広いスペースです。

西尾根の曲輪

西尾根の曲輪

 ここから深い横堀と高い土塁(どるい)を越えていきます。

深い横堀と高い土塁

深い横堀と高い土塁

 するとすぐに中核となる主郭(しゅかく)地域に入ります。目の前に高くせりあがっている東尾根があるため、堅牢に見えます。ここを右に回り込み、南西から主郭に入ります。地元の方が道を作ってくださったので何とかなりますが、結構急なのぼりです。

主郭地域

主郭地域

 主郭は27×19m。背後には高い土塁が。三方に土塁が築かれています。

主郭

主郭

 小笠原の城の特徴の石積(いしづ)みが見られます。

小笠原の城の特徴の石積み

小笠原の城の特徴の石積み

 特に東側はとてもきれいに残っています。ここが見所です。

東側の石積み

東側の石積み

 主郭からは林大城(はやしおおじょう)林小城(はやしこじょう)がよく見えます。

山家城から見る林城

山家城から見る林城

 桐原城(きりはらじょう)にもありましたが、背後に五条の連続堀(れんぞくぼり)が見事に残っています。深さも高さも桐原城をはるかに凌いでいます。ここも見所です。

連続堀

連続堀のひとつ

秋葉神社

秋葉神社

 その奥に秋葉神社(あきばじんじゃ)があり、奥にも後郭(うしろくるわ)が見られ、竪堀(たてぼり)などが整備されています。こちらは武田氏によって増築されたのでしょう。

 西尾根の曲輪からへ下る道が宮坂先生の縄張り図にもあったので、下りてみましたが、倒木がひどく、道もほとんどわかりません。ジグザグに沢に下りていきましたが、やはりこちらの道は整備されるのを待った方がいいみたいです。

徳運寺から山手に向かうコンクリートの道

徳運寺から山手に向かうコンクリートの道

 ちなみに徳運寺から山手に向かうコンクリートの道をあがり、写真の位置を左に向かうと

 入り口があります。

徳運寺の東の道からの入り口

徳運寺の東の道からの入り口

鳥獣除けフェンス

鳥獣除けフェンス

 山家城は広大な城です。主郭まで30分ほど、全部の尾根を回るとそれから1時間は欲しいところです。 急坂も多いですが、ここ山辺では一番スケールの大きい山城かもしれません。ぜひ、トライしてみてください。

※中止のお知らせ※バス見学会「山辺の里の道祖神・文化財めぐり」


新型コロナウィルス感染拡大防止のため、中止します。

 「広報まつもと」9月号、博物館ニュース「あなたと博物館」9月号に掲載されましが、
 申し込み受付を中止させていただきます。

  皆さまのご理解とご協力を、よろしくお願い申しあげます。

中止する見学会について

下記のバス見学会を中止します。

「山辺の里の道祖神・文化財めぐり」

  • 日 時  令和3(2021)年10月2日(土) 午前9時から午後3時30分
  • 集合場所 松本市教育文化センター南側入口付近(松本市里山辺2930-1)
  • 定 員  20名(先着順)
  • 講 師  出井東亜雄氏(山辺歴史研究会顧問)
  • 交通手段 松本市のマイクロバス利用
  • 受 講 料 500円(資料代・拝観料)

上條館長の山城案内 桐原城

桐原城 きりはらじょう(松本市入山辺桐原)

 今回は桐原城です。
 15世紀、桐原氏によって築かれたといわれています。桐原氏は小笠原氏に属し、武田氏の侵入で小笠原諸城が自落した際、主人である小笠原長時と共に村上義清のもとに向かったといわれています。その後、小笠原氏が復活した際に共に戻ってきて、桐原城も改修されたともいわれています。

 桐原城は追倉沢(おっくらざわ)と海岸寺沢(かいがんじざわ)に登り口があります。海岸寺沢に砂防堰堤が築かれて、山道を遠回りし、登城道も荒れています。追倉からの道は整っていますので、こちらから登っていくほうがいいと思います。

JAがある交差点

JAがある交差点

 県道松本和田線を美ヶ原方面に向かいます。
 旧山辺学校校舎を過ぎるとJAがある交差点がありますので、ここを左折します。

T字路

T字路

 しばらく行くと左に1軒家が建っていますので、そのT字路を右折します。

 すぐに左折、右折を繰り返し、東へと登っていきます。突き当りが追倉地区です。

追倉方面へ左折

追倉方面へ左折

追倉方面へ右折

追倉方面へ右折

桐原城登り口

桐原城登り口

 右手のビニールハウス前に車を止めさせてもらいます。葡萄の時期は鳥獣よけフェンス前でもいいかなと思います。

鳥獣よけフェンス

鳥獣よけフェンス

 案内図をおくケースがありますが、最近は入っていません。右手の小さい鳥獣よけフェンスを開け、登城道を登ります。最初に訪れたときは林道を登ってしまい、しばらく気づきませんでした。
 ここからは道が整っていますし、案内表示もあります。上にのびる竪堀(たてぼり)跡を楽しんでください。そして表示に従い、大手道を登っていきます。 

 土塁(どるい)が両側に積まれた城門跡と思われる場所もあります。

城門跡と思われる場所

城門跡と思われる場所

 途中二重堀切(にじゅうほりきり)もしっかり残っています。

二重堀切

二重堀切

 小笠原氏の山城の大きな特徴である平場曲輪(ひらばくるわ)が次々と現れます。ただ、規模は小さく、きっと柵を建てて、防御の一助にしたと思われます。

 主郭(しゅかく)の表示があるところからいよいよ城内です。右に行くと海岸寺沢口へ、まっすぐ行くと主郭搦手(からめて)方面に行けます。主郭へは左に向かいます。

大手道

大手道

 ここからいくつかの曲輪を抜けていくのですが、すべてに石垣が残存し、こんな山の中なのにすごいなと思ってしまいます。

各郭(くるわ)に整備された石垣

各郭(くるわ)に整備された石垣

 第2郭の虎口(入り口)

第2郭の虎口(入り口)

 山辺の山城の大きな特徴、扁平(へんぺい)な山辺石(やまべいし)を積んでできています。

第3郭から主郭の石垣をのぞむ

第3郭から主郭の石垣をのぞむ

 主郭は29m×27mほどで、土塁がしっかり残っています。東の土塁は高さ4mぐらいでしっかりしています。主郭の四方に鉢巻石垣と腰巻石垣が残っている場所もあり、必見です。

主郭

主郭

主郭南側の石垣

主郭南側の石垣

主郭南側の石垣

主郭南側の石垣

 主郭背後には長く深い堀が4本あり、石垣を配置した土塁もあり、敵の侵入に備えています。

主郭背後の連続竪堀

主郭背後の連続竪堀

 この城の堀切、竪堀の規模が大きく山すそまで続いているようです。きっと、再び戻ってきた時に作った新しいもののような気がします。

 この尾根筋は遠く、武石峠(たけしとうげ)まで続いているとあります。長時を逃がしたのもこの尾根筋を越えていったのでしょう。

海岸寺沢口の入り口

海岸寺沢口の入り口

 帰りは海岸寺沢に下りようと向かいましたが、倒木も激しく、道も途切れています。何とか滑り降りたものの、最後は砂防ダムで立ち入り禁止。等高線上を回りましたが、ひやひやもので、何とか鳥獣よけフェンスの入り口までたどり着くことはできました。

お墓の交差点

お墓の交差点

 ちなみにお墓のある交差点を曲がると海岸寺沢、海岸寺跡、霧降城(きりふりじょう)に行けます。

旧海岸寺の千手観音

旧海岸寺の千手観音

 旧海岸寺のお堂には県宝の千手観音があります。地元の方が守られており、残念ながら通常は公開されていません。

 桐原城はこの山辺の山城の中でも、主郭を守る曲輪群の複雑な縄張り、各郭に残された石垣群、整備された道等、一番素晴らしいと思います。ここも20分ほどで登れます。おすすめの山城です。

※終了しました※市民学芸員による夏休み企画「戦争紙芝居」上演

太平洋戦争期、子どもたちは紙芝居によって
悲しみの感情すら歪められようとしていました。
いま、紙芝居で戦争の悲惨さを伝えます。

※終了しました。ご参加ありがとうございました。※

  • 日 時:令和3年8月7日(土)
         1回目  午前10時20分から10時50分
         2回目  午後12時30分から1時
  • 会 場:旧山辺学校校舎 第4(山辺に残る戦争の影)室
  • 料 金:通常観覧料
  • 演 者:市民学芸員
  • 内 容:
     (1) チョコレートと兵隊 (昭和16年発行)
     (2) 三月十日のやくそく (令和3年発行)

 コロナウィルス感染拡大防止対策を実施して開催します。

 

チョコレートと兵隊
昭和16(1941)年 日本教育紙芝居協会

 日中戦争(1937-1945)時の実話をもとに作らました。
 戦地の兵隊である父親と、日本に残る子供との切ないやりとりが主題ですが、お国のために戦死することは喜びであると考える姿勢が伺えます。これら国策紙芝居と呼ばれる中には、戦意を煽る物も存在しました。
 当紙芝居を保管しているのは松本市在住の男性。購入したのは男性の父。父は徴兵されませんでしたが叔父が戦死しており、その後ろめたさや悲しみから、務めとして紙芝居を購入したものの、読みきかせることなく仕舞いこんでいたようだと話します。この度、借用して上演します。
チョコレートと兵隊 

 

上條館長の山城案内 林小城

林小城 はやしこじょう(松本市里山辺日向上)

 今日は林小城です。
 かつて古城と考えられ、大城より先にできたという説もありましたが、大城と同時期に作られたと思われます。その後、武田氏が深志の地を押さえるのですが、山辺の山城は武田氏により大きな改修が行われたのではないかといわれます。主郭(しゅかく)には土塁(どるい)と石積み、連続竪堀(れんぞくたてぼり)も多くみられ、山辺の特徴的な縄張りを残しています。

金華橋(きんかばし)を南下

金華橋(きんかばし)を南下

 小城には金華橋(きんかばし)からアプローチします。金華橋の交差点を川沿いに下りるのではなく、南下します。

慈眼寺(じがんじ)の聖観音

慈眼寺(じがんじ)の聖観音

 途中、慈眼寺(じがんじ)の聖観音がありますので見てください。

三差路を左折

三差路を左折

 そして、三差路を左折します。

真ん中が大嵩崎(おおつき)地区

真ん中が大嵩崎(おおつき)地区

 右手の山が小城、左の山が大城(おおじょう)になります。真ん中にある地区が大嵩崎(おおつき)地区になります。

 大城のすそ野には戦時の半地下工場跡群の碑がありますので、立ち寄ってもいいかと思います。

半地下工場跡群のあった大城すそ野

半地下工場跡群のあった大城すそ野

半地下工場跡群の碑

半地下工場跡群の碑

林小城入り口

林小城入り口

 しばらく行くと標柱、案内が出ていますのでここが入り口です。

鳥獣よけフェンス

鳥獣よけフェンス

 鳥獣よけフェンスの横に車は止められますが・・・。
 鳥獣よけフェンスをあけて登城開始です。

 すぐに地獄の釜があります。湿地帯です。

地獄の釜

地獄の釜

 登城道は整備されているので、道沿いに進んでください。下から竪堀(たてぼり)の形がよくわかります。この堀は第3曲輪(くるわ)まで続いています。直登しようと思えばできるかもしれません。

第3曲輪(くるわ)まで続く竪堀(たてぼり)

第3曲輪(くるわ)まで続く竪堀(たてぼり)

 道は等高線上に次の竪堀を越え、大きな特徴でもある平曲輪群(ひらくるわぐん)に進んでいきます。あちらこちらに平場(ひらば)があります。本当によく作ったなと思います。

平場(ひらば)

平場(ひらば)

 感心していると目の前に4,5mほどの大きな土塁が。第3曲輪です。両側に道があります。

第3曲輪(くるわ)

第3曲輪(くるわ)

 そして第2曲輪、本曲輪(ほんくるわ)と続きます。石積みがあちこちに散乱しています。もし、復元したらきっとすごい石垣群になるような気がします。

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 そして、いよいよ本曲輪。南に高い土塁、西にも残っています。

本曲輪(ほんくるわ)

本曲輪(ほんくるわ)

 南側には深い竪堀が。南側に大きな竪堀が掘られているのが大きな特徴でもあります。

南側の大きな竪堀

南側の大きな竪堀

案内板

案内板

 帰りは林(はやし)方面(広沢寺(こうたくじ)方面)におります。

 道はきちんとついています。松の伐採が行われていて、少しわかりにくいところもありますが、開けた方に下りていけば大丈夫です。

林(はやし)側登り口

林(はやし)側登り口

 これが、登り口です。

 ここから10m先に富士浅間宮(ふじせんげんぐう)古宮(こぐう)跡の案内、山沿いに曲がっていくと竹渓庵(ちっけいあん)、林(はやし)薬師堂跡の案内もありますので寄ってみてください。

富士浅間宮古宮跡

富士浅間宮古宮跡

竹渓庵、林薬師堂跡

竹渓庵、林薬師堂跡

 後日、宮坂武夫先生の縄張り図を参考に大手口方面を探しに行きました。急坂で松のピンクテープを参考に下りていきましたが、よくわかりませんでした。北斜面はかなりの急坂です。もっと西側だと思います。次回、探してみます。

井戸らしきもの?

井戸らしきもの?

 ただ、途中、井戸らしきものを発見しました。もしかしたら新発見?・・・。

 小城もしっかりした縄張り、平曲輪、搦手(からめて)の竪堀、主郭周りの石積み等、見どころが多く、楽しく散策できると思います。大城よりも山城としてはおもしろく、遺構が残っているようにも思います。ぜひ大城とセットで登ってみてください。よく整備されているので30分ぐらいで簡単に登れます。楽しく散策できると思いますよ。

夏休みの自由研究にどうですか「昔の道具調べ」

 

電気、ガス、水道のなかった時代、人々は道具を工夫して作っていました。asagao2
どんな道具を使っていたのか、触れて確かめてみませんか?
そして現代の私たちのどんな道具に進化したのか、考えてみましょう。

 

  • 会期: 7月22日(木)~8月31日(火)
         午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
  • 会場: 旧山辺学校校舎 第5室、第10室
  • 料金: 通常観覧料(大人200円、小・中学生無料)
  • 問い合わせ:旧山辺学校校舎(TEL・FAX 0263-32-7602)

第5室「農家の暮らし」、第10室「山辺の文化財」の2室に昔の道具を展示しています。
展示している道具の一覧はこちら 昔の道具調べ_記入用紙[PDF]

 例題1 囲炉裏(いろり)  例題2 ひょうたん 
 どんな役割の場所でしょう?  なんに使った物でしょう? 
 
いろり
 
ひょうたん

こたえは第5室「農家の暮らし」で調べてね。

例題3 衣類のしわをのばす道具の移り変わり

こて 火のし 炭アイロン 電気アイロン
こて 火のし 炭アイロン 電気アイロン
 火鉢の炭火の中に金属部分を差し入れて熱し、熱くなったら衣類に直接あてて使います。  椀の形になった部分に熱い炭火を入れ、椀の底を衣類に直接あてて使います。 やかんの蓋のような箇所を開けて中に炭火を入れ、底を衣類に直接あてて使います。横の穴から空気を取り入れ、やかんの口のような箇所から煙を出します。  電気の力でアイロンを熱くします。衣類とのあいだに「あて布」をしないと焦がしてしまうことがありました。 
第5室「農家の暮らし」

第5室「農家の暮らし」