Vol.085 展示に必要なあの脇役( R6.4.1 文責:岡 )
突然ですが皆さん、博物館の学芸員というとどのような仕事内容をイメージするでしょうか?収蔵品や展示品について説明や紹介をしているイメージ?それとも展示や発表に向けて日々研究しているイメージでしょうか?あるいはこの学芸員コラムをご覧の方なら、今までご紹介した内容について思い浮かべたかもしれません。
もちろん、それらは貴重な資料の保存・研究・展示を生業にしている学芸員にとって、重要な使命の一つと言えます。ですが雑芸員(ざつげいいん)とも揶揄される通り、学芸員と一口に言っても日々の業務は多岐にわたります。今回のコラムではその内の一つ、特に展示前になると忙しくなるあの仕事についてご紹介します。
博物館や美術館へ訪れた経験のある方なら、こんなパネルに見覚えがありませんか?
これらのパネルは掲載内容によって、章パネル・解説パネル・キャプションなどと呼ばれていて、当館では特別な理由を除き基本的に学芸員が全て手作りしています。(材質や大きさによっては業者に発注する場合もあります。)展示の規模にもよりますが、大小様々なパネルが数十枚単位で作成され、昨年度行われたまつもと博覧会展では合計200枚以上のパネルが用意されました。
パネル作成では主に以下のようなものが使われます。茶色い板状のものはのり付きパネルと言って、片面に粘着力があり、紙を貼り付けられます。
パネルは基本的に以下の手順で作成しています。
① 原稿を手頃なサイズに切る
② のり付きパネルを原稿より一回り大きく切り落とす
③ 一部粘着面を切り出して原稿が中心にくるように貼りつける
④ 原稿全体をのり面に貼り付ける
⑤ 余計な部分を切り落とす
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完成!
一見簡単そうに見えますが、学芸員でもコツが掴めるまでなかなか苦戦します。手慣れた人だと形やスピードが洗練されているので、パネル切りならあの人に任せよう!となる場合もあります。ですが大きな展示前には学芸員総出で作業をすることが多いです。
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定規や目安がズレるときれいな長方形パネルにならないので、力加減を調整しながら、全身を使って作業します。
完成したパネルはミリ単位で何度も調整しながら、なるべく鑑賞の妨げにならないよう整然と並べていきます。(過去のコラムでは展示照明についても紹介しています。
Vol.052 博物館の照明(文責:原澤)(2023.5.9更新)
博物館や美術館と言えば、美しい資料や興味深い内容へ目が行きがちですが、脇役のパネルにも学芸員のこだわりが詰まっています。次に訪れた際はそんなことも意識しながら鑑賞してみるのはいかがでしょうか?
Vol.84 浮世絵展関連事業を終えて part2 ( R6.3. 14 文責:小林 )
松本市立博物館開館記念特別展第2弾「至極の大衆文化 浮世絵 ―酒井コレクション―」は3月3日(日)をもって開催を終了しました。多くの皆さまにご来館いただきありがとうございました。
今回は、特別展の後期展示期間中(2月10日~3月3日)に開催しましたいくつかの関連事業の様子をお伝えします。
1 浮世絵の摺り体験講座【令和6年2月10日(土)午後1時30分~4時30分、2月11日(日)午前9時~正午・午後1時30分~4時30分、2月12日(月・祝)午前9時~正午・午後12時45分~3時10分】
現代の浮世絵彫り師としてご活躍されている朝香元晴氏を講師にお迎えして、浮世絵の摺り作業を体験していただく講座を開催しました。
講座の前半は、朝香氏に浮世絵の彫り(1ミリに3〜4本有る美人画の髪の毛の生え際の彫り)作業を実演いただき、至極の彫り技術に皆さん息をのんで見入っているご様子でした。博物館に展示されている浮世絵を鑑賞しただけでは気づくことができない彫りの精巧さ、繊細さを感じることができる時間になったかと思います。
講座の中盤から、いよいよ摺り作業を体験していただきました。今回は、一般的な浮世絵のサイズ(大錦判)ではなく、ポストカード大(小判)の版木を使い、摺り作業を行いました。伝統的な木版画の摺り作業と同様に、刷毛で顔料をつけ、和紙を版木に載せ、馬連で擦って色を摺り込んでいきます。とても難しい作業に、はじめは皆さんも悪戦苦闘していましたが、次第にコツをつかみ、きれいな浮世絵が完成しました。体験してみてこそ、浮世絵を作り上げる楽しさやたいへんさが感じられたかと思います。
今回の講座が、伝統的な浮世絵木版画に興味を持ち、後世へと継承していく一助になれば嬉しいです。
2 親子で楽しむ版画講座【令和6年2月18日(日)午後2時~4時】
版画家の田嶋健氏を講師にお迎えして、親子で版画を楽しむ講座を開催しました。今回は、田嶋氏が考案された修正液を使って手軽に制作できる版画を体験していただきました。冒頭に田嶋氏からレクチャーをしていただき、インクや版画用のプレス機を駆使して版画を作り上げていきます。皆さん思い思いの色を使って、自主的に制作されている姿が印象的でした。親子で版画という文化に親しんでいただくきっかけになったと思います。
3 浮世絵信州名所めぐり旅【令和6年2月25日(日)午前9時~午後4時30分】
江戸時代の終わりに流行した「浮世絵風景画」に描かれる長野県内の名所古跡を訪れ、浮世絵や長野の魅力を知っていただく講座を開催しました。当日は朝から雪が舞い開催が危ぶまれましたが、幸い雪が強まることなく、予定通り実施することができました。
講座の最初は、明治時代の錦絵や新版画と通称される昭和時代の浮世絵に描かれる松本城周辺を散策しました。当時と現在の松本市街を見比べ、考察することで、街並みや人々の営みの移り変わりを見ることができたと思います。
松本市街の散策が終わり、市のバスに乗車して、一路長和町へと向かいました。バスの出発後は、浮世絵の概要をはじめ、道中の名所などのバスガイドをさせていただきました。バスガイドは私自身もはじめての経験でとても緊張しましたが、参加者の皆さんがあたたかく聞いてくださったおかげで、リラックスして楽しくお話することができました。
およそ1時間の乗車で、長和町に到着しました。長和町には、中山道の宿場のひとつ、長窪宿(長久保宿)と和田宿があり、いずれも歌川広重・渓斎英泉が描いた浮世絵のシリーズ作品「木曽街道六拾九次之内」に描かれています。「長和の里歴史館」を訪れ、学芸員の方から長和町の歴史や長窪宿・和田宿のお話をしていただきました。また、滅多に見ることができないバックヤード・収蔵庫も見学させていただき、参加者の皆さんだけでなく、私たち博物館職員も興味津々でした。長和の里歴史館を出て、バス内で「木曽街道六拾九次之内 長久保」の説明をし、道の駅「マルメロの駅ながと」でお昼休憩を取りました。
午後のはじめは、和田峠を越え、先述の「木曽街道六拾九次之内」に描かれる下諏訪宿(正しくは下之諏訪宿)にある「宿場街道資料館」を訪れました。職員さんから色々なお話を伺い、下諏訪宿をはじめ、諏訪地域のことについて学びを深める時間になりました。
下諏訪町を出発し、今回の名所めぐり旅の最後に、葛飾北斎が「冨嶽三十六景 信州諏訪湖」を描いたとされる場所を訪れました。諸説があり、実際にその場所で描いたと断定することはできませんが、皆さん葛飾北斎に思いを馳せながら見学されているご様子でした。悪天候による視界の悪さで諏訪湖をきれいに眺めることはできませんでしたが、実際にその場所を訪れることなく、イマジネーションを働かせて風景を描くことが多かった浮世絵師の気持ちを感じていただく機会になったと思います。
今回の講座をとおして、本を読むだけでは学ぶことができない奥深い知識を得ることができ、学芸員としても貴重な経験になりました。悪天候の中、大勢の皆さんにご参加いただきありがとうございました。
Vol.83 浮世絵展関連事業を終えてpart1 R6.2.27 (文責:小林)
現在、松本市立博物館では開館記念特別展第2弾として、「至極の大衆文化 浮世絵 ―酒井コレクション―」を開催中です。会期は、3月3日(日)までとなっておりますので、この機会にぜひご覧ください。
さて、本展では浮世絵が庶民に親しまれた大衆文化であったことを体験していただくため、ワークショップや講演会などの関連事業を開催しました。今回は、前期展示期間中(1月13日~2月4日)に開催したいくつかの関連事業の様子をお伝えします。
1 遊ぶ浮世絵体験「浮世絵で遊ぼう!」【令和6年1月14日(日)午後2時~午後4時】
浮世絵は、大人だけではなく、子どもたちの間でも楽しまれていました。創意工夫を凝らした数々の「遊べる浮世絵」の内、今回は元祖ペーパークラフトとも言える「立版古(たてばんこ)」を体験していただきました。「立版古」とは、描かれた人や自然万物を切り取り、組み立てて遊ぶ浮世絵です。この講座では、日本浮世絵博物館所蔵の「和田合戦とうろふ」という作品をコピーしたものを使用しました。
まずは、鎌倉時代の和田合戦で活躍した武士たちや背景の木々をパーツごとに切り取っていきます。これが一番難しい工程ですが、参加された皆さんの集中力と器用さは圧巻で、正確に、素早く切り取っていく姿が印象的でした。
続いて、それぞれのパーツを自立させるためのベースを作りました。上手く自立させるため、パネルや厚紙の切れ端を駆使して、それぞれのパーツに合ったベースに仕上げていきます。
最後に、背景の木々と合戦の主人公となる武士たちを思い思いに並べていきます。博物館職員が製作した見本を参考にして作る方もいれば、1対複数人の合戦場面を作る方もおり、参加された皆さんの個性が出ていて、とても楽しかったです。
「立版古」の体験を通して、浮世絵の大衆性の一端に、少しでも触れていただく機会になったかと思います。厚紙に自分の好きな絵を描き、切り取って遊べば、現代版の「立版古」を作ることができますので、ご自宅でトライしてみてはいかがでしょうか。
2 和紙の「行燈(あんどん)」作り講座【令和6年1月20日(土)午前9時~正午】
松本市地球温暖化防止市民ネットワーク(通称:エコネットまつもと)の皆さまを講師にお招きして、浮世絵にも描かれることが多い「行燈」作りを通して、環境や浮世絵について学ぶ体験講座を開催しました。冒頭に地球温暖化と浮世絵について勉強した後、落ち葉を使って好きな模様にデザインしたり、可愛らしい絵をあしらって、夜の風情を演出する「行燈」を作り上げました。参加された皆さんが製作された「行燈」は、1月26日(金)午後5時~8時に開催された「博物館のキャンドルナイト」にて展示され、松本市街の夜を照らしました。寒空の中、多くの方々にご来館いただきありがとうございました。
3 講演会「浮世絵の魅力と楽しみ方」【令和6年1月21日(日)午後1時30分~3時】
本展覧会で特別協力をいただきました日本浮世絵博物館で学芸員を務める五味あずさ氏を講師にお招きして、浮世絵鑑賞における楽しみ方を中心に、講演をしていただきました。日本浮世絵博物館や同館が所蔵する酒井コレクションについての概要にはじまり、浮世絵木版画、版本、肉筆画という浮世絵の形態や作品それぞれの鑑賞方法、楽しみ方など様々な視点でお話がありました。講演会を通して、浮世絵への興味関心が高まり、一層楽しく鑑賞できる機会になったことと存じます。会場を埋めつくすたくさんの方にご参加いただき、誠にありがとうございました。
4 ワークショップ「浮世絵の絵本を作ろう!」【令和6年1月28日(日)午前9時~11時】
松本市在住で、絵本作家・イラストレーターとしてご活躍されている、まつしたさゆり氏を講師にお招きし、浮世絵風の絵本を作りました。浮世絵は、江戸時代初期、版本(絵入りの本)に描かれた挿絵が、一枚絵として独立し、成立したと言われています。その点で、絵本と浮世絵の関係を切り離すことができません。今回の講座は、現在多くの人々に愛されている絵本の制作を通して、大衆文化・浮世絵の親しみやすさを感じていただける時間になったと思います。
滅多に聞くことができないプロの絵本作家さんのデザインや技法のお話に、参加された皆さんも聞き入っていらっしゃる様子でした。講師の先生が浮世絵に描かれる遊女や歌舞伎役者をもとに描いた線画に、みな思い思いの色を塗り、空いたページに絵本の物語を書いていきます。カラフルな色画用紙とマスキングテープで製本し、素敵な絵本が完成しました。最後に、講師の先生から参加された皆さんの作品を一点ずつご講評いただきました。一人一人の柔軟な発想による絵本の数々を読みながら、みなの笑顔があふれる素晴らしいひと時でした。
5 浮世絵メイク講座【令和6年1月28日(日)・2月4日(日)午前10時~午後6時】
特別展チケットの半券を、ナワテ通り商店街にある「和装いろは」に持っていくと、浮世絵に描かれる遊女の和風メイクを体験できるという講座を行いました。具体的には、浮世絵美人画の顔出しパネルで写真を撮ったり遊女風の着物を着たり、メイクを体験していただきました。自分が美人画のモデルになることで、当時の浮世絵師に思いを巡らす機会になったと思います。今回体験していただいたような当時の髪型、メイクが反映された浮世絵美人画が、現在の日本のファッション誌に影響を与えている部分もあるかもしれません。
6 江戸のおもちゃ作り講座【令和6年2月4日(日)午後1時30分~4時30分】
和紙の「行燈」作り講座と同じく、エコネットまつもとの皆さまを講師にお招きして、江戸時代に親しまれたおもちゃを作りながら、環境や浮世絵について学ぶ講座を開催しました。地球温暖化や江戸時代のエコについてのお話を聞いた後、「極楽とんぼ」「からくり屏風」「立体知恵の輪」を製作しました。工作と遊びの体験を通して、楽しく勉強する機会になりました。
以上、特別展の関連事業開催の模様をお伝えしました。次回も、「関連事業を終えてpart2」として、後期展示期間中(2月10日~3月3日)に開催した関連講座の様子をお届けします。
Vol.082 浮世絵展 展示作品紹介 ( R6.2.9 文責:本間)
現在、松本市立博物館では開館記念第2弾特別展として、「至極の大衆文化 浮世絵 ―酒井コレクション―」を開催中です。
本展覧会は3月3日(日)まで開催します。
現代では国内外で芸術して高く評価されている浮世絵。しかし、江戸時代には大衆文化として多くの庶民に親しまれていました。そのため、可愛らしくて面白く、親しみやすいものが描かれています。
江戸時代の人々と同じ目線から見ることで、浮世絵の魅力を再認識して欲しいと思い、「大衆文化」というテーマで展示を企画しました。
展示作品は、日本浮世絵博物館(松本市島立)の「酒井コレクション」を借用しました。これは、日本三大浮世絵コレクションの一つといわれる貴重なものです。
ここでは、展示資料の一部を紹介します。
1 東洲斎写楽「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」
三代目大谷鬼次演じる江戸兵衛が、前のめりの姿勢で見栄を切る場面。写楽の作品の中でも、よく知られています。皆さんも見たことがあるのではないでしょうか。
2月19日までの展示ですので、お早めにお越しください!
2 歌川国芳「桜下衝立に倚る美人図」
2月21日以降に展示する、歌川国芳の肉筆画です。肉筆画とは絵師が直筆で描いた1点ものであり、希少価値が高い作品です。
3 月岡芳年「猫鼠合戦」
猫と鼠の対決を合戦に見立てたシリーズのうちの一図。
上図では、鼠が犬張り子に乗って猫と戦います。猫は犬が苦手で、恐れている様相が見受けられます。下図では、猫の仕掛けにかかってしまった鼠たちの様子が分かります。(3月3日まで展示予定)
4 歌川芳藤「小猫をあつめ大猫とする」
「寄せ絵」と呼ばれる作品。大勢の猫が集まって、一匹の猫を形成しています。
本作品以外にも、寄せ絵を何点か展示中です。ぜひお越しいただき、現物をご覧ください。
(3月3日まで展示予定)
ここで紹介したのはほんの一部であり、面白くて可愛らしい作品を多数展示しています。
皆様のご来館をお待ちしております!
Vol.081 浮世絵の体験コーナーあります ( R6.01.23 文責:前田 )
当館ではただいま新館オープン記念第2弾の特別展「至極の大衆文化 浮世絵 ―酒井コレクション―」を絶賛開催中です。松本市島立にある日本浮世絵博物館が所蔵する酒井コレクションの中から、前・後期あわせておよそ90点の浮世絵が新博物館でご覧いただけます。だれしも一度は目にしたことのある葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」といった超有名作品はもちろん、一流浮世絵師によるこの世に一点しかない貴重な肉筆画も展示しています。さらに今回の特別展は、担当学芸員が浮世絵にまつわる楽しい体験イベントをたくさん企画しました。詳しくはこちらをご覧ください。
既にお知らせしているこれらの関連事業のほかに、消しゴムはんこを使って多色摺りが体験できるコーナーも設けました。これは、色ごとに作った版にスタンプパッドで色をのせ、一枚の紙に摺り重ねることでカラフルな絵に仕上げるという、浮世絵木版画の技法を簡単に再現するものです。
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今回消しゴムはんこのモチーフとしたのは、前期出展作品となる歌川国芳「流行猫の曲鞠」の一部で、花を生けながら鞠を操る猫のワンカットです。いつも子猫2、3匹を懐に抱きいれていたという大の猫好きだった浮世絵師の国芳。こちらの作品も、擬人化させた猫の曲芸をする絶妙なポージングが、ポップな着物の柄や背景の黄色と相まって、なんとも魅力的な作品です。
消しゴムはんこ初心者の私がおそれ多いことですが、こちらの国芳の猫を体験用版画にすべく、版の制作に取りかかりました。まずは画像からトレースして、消しゴムの版に写し、あとは彫刻刀で線の部分を残すように、線のきわや余白部分を彫っていきます。この彫りの作業、浮世絵の世界では分業になっていて「彫師」という職人が担当しました。本来の木製の板と比べると消しゴムは柔らかいのでサクサク彫ることはできるのですが、ネコのひげや花びらといった細かい部分では技量がないため非常に苦戦しました。本物の作品はどうなっているのかと改めてよく見ると、ネコのひげは毛先にいくほどに細くなっており、花弁も一枚いちまいハッキリと表されています。しかもこれを硬い木の板上に彫リ出すなんて!職人の技巧にしばしば感嘆の声をあげながら、ようやく完成することができました。
案の定、消しゴム版に残されたひげはずいぶんさみしい数となり、全体的にだいぶ簡略化されておりますが、ご来館の折には体験コーナーで色を重ねて楽しんでいただけると嬉しいです。
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ところで皆さんは浮世絵作品のどんなところに注目してご覧になりますか?描かれている題材や大胆な構図に魅かれたり、作品がうまれた時代背景に興味のある方もいらっしゃるでしょう。私の場合、作品のやや斜め横から観察し、木版画ならではの紙の凹凸や着色具合などに目を凝らします。すると仕上げの段階を担った職人「摺師」の意図が探れる角度がきっとあります。色がないのに紙に模様を浮き出させる「空摺り」や、きらきらとした雲母(きら)摺りなどの技法を見つけると、時空を超えて職人たちと会話をしているようで楽しいものです。展覧会に足を運び、実作品を間近で見ないと味わえない醍醐味の一つかもしれません。
この冬は博物館での特別な体験をとおして、浮世絵の世界にどっぷり浸ってみるのはいかがでしょうか。
参考文献 : 『江戸猫 浮世絵 猫づくし』 稲垣進一・悳俊彦 著/東京書籍 発行
Vol.080 今週末はあめ市です ( R.6.1.11 文責:吉澤)
新松本市立博物館では、開館後初の年明けを迎えました。
本年もたくさんの来館者の方々にお会いできることを心待ちにしております。
さて、今週末の1月13日(土)・14日(日)は新春の松本を彩る行事、あめ市が開催されます。
江戸時代のあめ市は、1月10日・11日の初市にあわせて天神(現在の深志神社)の境内にまつられている市神様を町に迎え、今年の商売繁盛を祈りながら、人々に塩を売るお祭りでした。当時の賑わいが伺える資料に、『善行寺道名所図会』という江戸時代のガイドブックがあります。本町の初市を表した絵図には、通りを埋め尽くすほどの人が描かれています。
お祭りの賑わいにあわせ、町の商店では大売り出しを行い、多くのあめ屋も通りに出店を構えて、
あめを販売しました。その様子から「あめ市」と呼ばれるようになったと言われています。松本市立博物館では、3階常設展示室にて松本のあめ市に関連する資料をご覧いただけます。
常設展示の目玉のひとつである宝船は、松本城下町の本町5丁目の町人たちがあめ市のみこし行列の練り物として造営し、江戸時代後期から昭和初期まで使われました。新博物館での展示に合わせ、明治時代に再建された宝船本体を修復し、七福神人形と帆の複製品を制作しています。
また、常設展示室前の広場では、1月28日(日)まで時計博物館からの出張パネル展示「あめ市のいまむかし」を開催しております。あめ市にお越しの際は、ぜひ松本市立博物館にもお立ち寄りいただき、あめ市の歴史もお楽しみください!
Vol.079 松本のお年取り準備 ( R.5.12.27 文責:武井)
いよいよ年の瀬が迫ってきました。
2023年最後のコラムである今回は、松本のお年取り準備に関する年中行事を、『松本市史』を中心に見ていきたいと思います。
1 松迎え
12月に入ると、正月を迎えるための準備が始まります。そのうち最初の行事が松迎えです。松迎えは、正月に飾る松を切り出したり買い求めたりする行事です。
かつては12月13日に行われていた行事ですが、近年では少し後ろ倒しになり、年末までに迎える家が多かったようです。山が近いところでは28日か30日に山へ入り松を切り出しました。
一方、山が近くにないマチ部では、縄手などに露店が出たり、山辺方面から松を売りに来る人がおり、そこで松を買い求めたといいます。近年は松を売り出すスーパー等も登場し、重宝されたようです。ちなみに、今年も縄手通りには松や注連縄を売る露店が軒を連ねていました。
こうして迎えた松は、28日か30日に飾られました。29日や31日に松に飾るのは縁起が悪いとされました。飾る場所は、玄関、床の間、便所、神棚、仏壇、勝手、土蔵、蚕室、馬小屋、井戸などが一般的だったようです。
この松は正月の神に供える縁起ものであると同時に、正月の神の依代とも考えられました。そのため、松迎えは神迎えでもある、という説もあります。
飾られた松は小正月のころに外され、三九郎で焼かれます。
2 ススハライ・ススハキ
いわゆる大掃除のことで、松迎えが済んだ後に行われました。
かつては多くの家に囲炉裏があったため、家の大掃除=煤払いでしたが、現在では煤を払うという意識は薄れています。
こちらも古くは12月13日に行われていましたが、生活様式の変化等の影響を受け、年末あたりに実施されることが多くなっています。
12月13日は正月準備開始の日であるとともに、1年の厄をはらう祓いの日であったとされ、ススハライも単なる大掃除でなく、かつては神聖な行事の一つであったといわれています。
3 餅つき
餅は重要な年中行事や人生儀礼に欠かせない食べ物で、もちろん正月にも欠かすことができません。
29日はクモチといって、「苦が重なる」ので、餅をつくには縁起が悪いとされ、28日か30日に行われました。一方で、「苦をつき抜く」とか「フク(二九)餅」などといって、あえて29日につく家もあったようです。
現代では、餅屋に頼んで餅をついてもらう「賃餅」や、スーパー等で既製品を購入する家庭も増えていますが、家族や親戚一同で集まり餅をつくのが恒例行事だという方も多いのではないでしょうか。
数多くある年末年始の年中行事の中から、『松本市史』で取り上げられている3つを紹介しました。現代では、独自のイベントを行う家があったり、仕事があるので何もしないという家もあるでしょう。
このように人々の暮らしが多様化している現代だからこそ、過去の暮らしの中で育まれてきた年中行事を振り返り、過去から現代、未来へと連綿と続く人の営みに思いを馳せるのも楽しいですよ。
それではよいお年をお迎えください!
Vol.78 あめ市の縁起物 ( R5.12.13 文責:原澤)
今年も残すところあと1か月を切りました。今年の10月にオープンした松本市立博物館が、新たな年を迎え、ますます多くのお客様にご来館いただけるよう、本コラムでは縁起の良い資料を紹介したいと思います。
常設展のテーマ「にぎわう商都」では、現在でも行われている松本の新年の風物詩「あめ市」について紹介しています。そこでは、あめ市で販売されていた縁起物「松本だるま」を展示しています。松本だるまは、太い眉が特徴的なだるまです。太い眉は蚕の繭を表現し、「大當」の文字は繭がよく取れるようにとの願いが込められているそうで、養蚕業が盛んだった松本ならではのダルマです。あめ市では、町の子どもたちによって縁起物として売られていました。
現在のような赤いだるまがあめ市で売られるようになったのは戦後からのことで、戦前は、土で作りそれを金色に塗っただるまが売られていたそうです。また、同じような作りであめ市で売られていた金色の恵比寿様と大黒様の土人形も、同テーマで展示しています。この恵比寿様と大黒様の縁起物は貯金箱になるように、中が空洞になって頭の後ろに小銭を入れられる穴が開いています。いかにもお金が貯まりそうな縁起物です。
最後に「にぎわう商都」でひと際目を引く展示物である宝船です。この宝船はあめ市の際、本町5丁目が明治時代から昭和初期にかけて町に飾ったものです。船に乗る七福神人形や帆に描かれた宝尽くしの紋様はいかにも縁起が良いものですが、来年は辰年ということで、宝船の船首にある龍頭にも注目していただきたいです。
来年のお正月は、縁起の良い資料に会いに松本市立博物館にご来館ください。
Vol.77 市民学芸員「七夕の会」のステップアップ講座(文責:本間)
市民学芸員の皆さんで構成される「七夕の会」。
この会では、「松本の七夕」を普及するため、普段より七夕人形づくり講座等を実施しています。(七夕人形づくり講座の様子はVol.044をご覧ください。)
そんな七夕の会の皆さんが、松本の七夕をより深く理解するために、ステップアップ講座を実施しました。
この講座では、前松本市立博物館館長の木下守氏(現:あがたの森文化会館館長)に講師をしていただきました。
初めに、七夕をより深く知るために「史料から見る松本の七夕」や「他県の七夕」について学びました。
次に、ディスカッションを行いました。市民学芸員の皆さんの中には、県外出身者もいます。
県外出身者より「県外にいたときは、七夕の際にお供えをしたことが無かった。松本に来て、お供えをすることを知り驚いた。松本は色々な風習が残っている地域だと思う。」というお話がありました。意見交換をすることで、七夕についてより知識を深めることが出来たと思います。
「七夕の会」の皆さんは、現在も公民館等で七夕人形づくり講座を開催し、活躍しています。既に活躍している皆さんですが、さらに知識を深めるためにステップアップ講座を企画・開催しました。
市民学芸員の皆さんのそのような姿勢から、私も日々「主体的に学び発信することの大切さ」を学んでいます。ステップアップ講座で学びを深めた皆さんの、今後の活動にも、こうご期待ください。
Vol.76 カメラが手放せない ( R5.11.7 文責:内川 )
10月のある日、少し遅めの出勤中、博物館近くの民家前の植込みに大型のカマキリを見つけました。
カマキリの仲間は山と自然博物館のあるアルプス公園でもよく見かけますが、地面から程よい高さ、開けて平らな状態という写真の撮りやすい状態で出会うチャンスは珍しいです。
これは「あの構図」の写真を撮るしかない!
という訳で、指でつついて威嚇のポーズをパシャリ。
本州にいる大型のカマキリは2種類。オオカマキリとチョウセンカマキリですが、正確に見分けるには前脚の基部や後翅の色を確認しなければなりません。 このカマキリは付根が黄色で翅が黒なのでオオカマキリです(チョウセンカマキリは付け根がオレンジで翅は半透明)。このポーズだとその両方を確認できます。
撮影のために出かけない日でも、思いがけないところでシャッターチャンスは訪れるもの。 最近はスマートフォンのカメラ性能も向上しているとはいえ、中々カメラが手放せません。