Vol.081 浮世絵の体験コーナーあります ( R6.01.23 文責:前田 )
当館ではただいま新館オープン記念第2弾の特別展「至極の大衆文化 浮世絵 ―酒井コレクション―」を絶賛開催中です。松本市島立にある日本浮世絵博物館が所蔵する酒井コレクションの中から、前・後期あわせておよそ90点の浮世絵が新博物館でご覧いただけます。だれしも一度は目にしたことのある葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」といった超有名作品はもちろん、一流浮世絵師によるこの世に一点しかない貴重な肉筆画も展示しています。さらに今回の特別展は、担当学芸員が浮世絵にまつわる楽しい体験イベントをたくさん企画しました。詳しくはこちらをご覧ください。
既にお知らせしているこれらの関連事業のほかに、消しゴムはんこを使って多色摺りが体験できるコーナーも設けました。これは、色ごとに作った版にスタンプパッドで色をのせ、一枚の紙に摺り重ねることでカラフルな絵に仕上げるという、浮世絵木版画の技法を簡単に再現するものです。
![]() 歌川国芳「流行猫の曲鞠」 |
![]() 色別に制作した版 |
今回消しゴムはんこのモチーフとしたのは、前期出展作品となる歌川国芳「流行猫の曲鞠」の一部で、花を生けながら鞠を操る猫のワンカットです。いつも子猫2、3匹を懐に抱きいれていたという大の猫好きだった浮世絵師の国芳。こちらの作品も、擬人化させた猫の曲芸をする絶妙なポージングが、ポップな着物の柄や背景の黄色と相まって、なんとも魅力的な作品です。
消しゴムはんこ初心者の私がおそれ多いことですが、こちらの国芳の猫を体験用版画にすべく、版の制作に取りかかりました。まずは画像からトレースして、消しゴムの版に写し、あとは彫刻刀で線の部分を残すように、線のきわや余白部分を彫っていきます。この彫りの作業、浮世絵の世界では分業になっていて「彫師」という職人が担当しました。本来の木製の板と比べると消しゴムは柔らかいのでサクサク彫ることはできるのですが、ネコのひげや花びらといった細かい部分では技量がないため非常に苦戦しました。本物の作品はどうなっているのかと改めてよく見ると、ネコのひげは毛先にいくほどに細くなっており、花弁も一枚いちまいハッキリと表されています。しかもこれを硬い木の板上に彫リ出すなんて!職人の技巧にしばしば感嘆の声をあげながら、ようやく完成することができました。
案の定、消しゴム版に残されたひげはずいぶんさみしい数となり、全体的にだいぶ簡略化されておりますが、ご来館の折には体験コーナーで色を重ねて楽しんでいただけると嬉しいです。
![]() 完成する摺り物はこんな感じです |
![]() 神奈川から旅行で訪れた小学校2年生の女の子。たくさん摺ってお土産にしてくれました。 |
ところで皆さんは浮世絵作品のどんなところに注目してご覧になりますか?描かれている題材や大胆な構図に魅かれたり、作品がうまれた時代背景に興味のある方もいらっしゃるでしょう。私の場合、作品のやや斜め横から観察し、木版画ならではの紙の凹凸や着色具合などに目を凝らします。すると仕上げの段階を担った職人「摺師」の意図が探れる角度がきっとあります。色がないのに紙に模様を浮き出させる「空摺り」や、きらきらとした雲母(きら)摺りなどの技法を見つけると、時空を超えて職人たちと会話をしているようで楽しいものです。展覧会に足を運び、実作品を間近で見ないと味わえない醍醐味の一つかもしれません。
この冬は博物館での特別な体験をとおして、浮世絵の世界にどっぷり浸ってみるのはいかがでしょうか。
参考文献 : 『江戸猫 浮世絵 猫づくし』 稲垣進一・悳俊彦 著/東京書籍 発行
Vol.080 今週末はあめ市です ( R.6.1.11 文責:吉澤)
新松本市立博物館では、開館後初の年明けを迎えました。
本年もたくさんの来館者の方々にお会いできることを心待ちにしております。
さて、今週末の1月13日(土)・14日(日)は新春の松本を彩る行事、あめ市が開催されます。
江戸時代のあめ市は、1月10日・11日の初市にあわせて天神(現在の深志神社)の境内にまつられている市神様を町に迎え、今年の商売繁盛を祈りながら、人々に塩を売るお祭りでした。当時の賑わいが伺える資料に、『善行寺道名所図会』という江戸時代のガイドブックがあります。本町の初市を表した絵図には、通りを埋め尽くすほどの人が描かれています。
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お祭りの賑わいにあわせ、町の商店では大売り出しを行い、多くのあめ屋も通りに出店を構えて、
あめを販売しました。その様子から「あめ市」と呼ばれるようになったと言われています。松本市立博物館では、3階常設展示室にて松本のあめ市に関連する資料をご覧いただけます。
常設展示の目玉のひとつである宝船は、松本城下町の本町5丁目の町人たちがあめ市のみこし行列の練り物として造営し、江戸時代後期から昭和初期まで使われました。新博物館での展示に合わせ、明治時代に再建された宝船本体を修復し、七福神人形と帆の複製品を制作しています。
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また、常設展示室前の広場では、1月28日(日)まで時計博物館からの出張パネル展示「あめ市のいまむかし」を開催しております。あめ市にお越しの際は、ぜひ松本市立博物館にもお立ち寄りいただき、あめ市の歴史もお楽しみください!
Vol.079 松本のお年取り準備 ( R.5.12.27 文責:武井)
いよいよ年の瀬が迫ってきました。
2023年最後のコラムである今回は、松本のお年取り準備に関する年中行事を、『松本市史』を中心に見ていきたいと思います。
1 松迎え
12月に入ると、正月を迎えるための準備が始まります。そのうち最初の行事が松迎えです。松迎えは、正月に飾る松を切り出したり買い求めたりする行事です。
かつては12月13日に行われていた行事ですが、近年では少し後ろ倒しになり、年末までに迎える家が多かったようです。山が近いところでは28日か30日に山へ入り松を切り出しました。
一方、山が近くにないマチ部では、縄手などに露店が出たり、山辺方面から松を売りに来る人がおり、そこで松を買い求めたといいます。近年は松を売り出すスーパー等も登場し、重宝されたようです。ちなみに、今年も縄手通りには松や注連縄を売る露店が軒を連ねていました。
![]() 2023年12月25日の縄手通りの様子 |
こうして迎えた松は、28日か30日に飾られました。29日や31日に松に飾るのは縁起が悪いとされました。飾る場所は、玄関、床の間、便所、神棚、仏壇、勝手、土蔵、蚕室、馬小屋、井戸などが一般的だったようです。
この松は正月の神に供える縁起ものであると同時に、正月の神の依代とも考えられました。そのため、松迎えは神迎えでもある、という説もあります。
飾られた松は小正月のころに外され、三九郎で焼かれます。
2 ススハライ・ススハキ
いわゆる大掃除のことで、松迎えが済んだ後に行われました。
かつては多くの家に囲炉裏があったため、家の大掃除=煤払いでしたが、現在では煤を払うという意識は薄れています。
こちらも古くは12月13日に行われていましたが、生活様式の変化等の影響を受け、年末あたりに実施されることが多くなっています。
12月13日は正月準備開始の日であるとともに、1年の厄をはらう祓いの日であったとされ、ススハライも単なる大掃除でなく、かつては神聖な行事の一つであったといわれています。
3 餅つき
餅は重要な年中行事や人生儀礼に欠かせない食べ物で、もちろん正月にも欠かすことができません。
29日はクモチといって、「苦が重なる」ので、餅をつくには縁起が悪いとされ、28日か30日に行われました。一方で、「苦をつき抜く」とか「フク(二九)餅」などといって、あえて29日につく家もあったようです。
現代では、餅屋に頼んで餅をついてもらう「賃餅」や、スーパー等で既製品を購入する家庭も増えていますが、家族や親戚一同で集まり餅をつくのが恒例行事だという方も多いのではないでしょうか。
![]() 旧安曇村出身の版画家・加藤大道作の年賀状 |
数多くある年末年始の年中行事の中から、『松本市史』で取り上げられている3つを紹介しました。現代では、独自のイベントを行う家があったり、仕事があるので何もしないという家もあるでしょう。
このように人々の暮らしが多様化している現代だからこそ、過去の暮らしの中で育まれてきた年中行事を振り返り、過去から現代、未来へと連綿と続く人の営みに思いを馳せるのも楽しいですよ。
それではよいお年をお迎えください!
Vol.78 あめ市の縁起物 ( R5.12.13 文責:原澤)
今年も残すところあと1か月を切りました。今年の10月にオープンした松本市立博物館が、新たな年を迎え、ますます多くのお客様にご来館いただけるよう、本コラムでは縁起の良い資料を紹介したいと思います。
常設展のテーマ「にぎわう商都」では、現在でも行われている松本の新年の風物詩「あめ市」について紹介しています。そこでは、あめ市で販売されていた縁起物「松本だるま」を展示しています。松本だるまは、太い眉が特徴的なだるまです。太い眉は蚕の繭を表現し、「大當」の文字は繭がよく取れるようにとの願いが込められているそうで、養蚕業が盛んだった松本ならではのダルマです。あめ市では、町の子どもたちによって縁起物として売られていました。
![]() 松本だるま |
現在のような赤いだるまがあめ市で売られるようになったのは戦後からのことで、戦前は、土で作りそれを金色に塗っただるまが売られていたそうです。また、同じような作りであめ市で売られていた金色の恵比寿様と大黒様の土人形も、同テーマで展示しています。この恵比寿様と大黒様の縁起物は貯金箱になるように、中が空洞になって頭の後ろに小銭を入れられる穴が開いています。いかにもお金が貯まりそうな縁起物です。
![]() 松本福神(左:恵比寿 右:大国) |
最後に「にぎわう商都」でひと際目を引く展示物である宝船です。この宝船はあめ市の際、本町5丁目が明治時代から昭和初期にかけて町に飾ったものです。船に乗る七福神人形や帆に描かれた宝尽くしの紋様はいかにも縁起が良いものですが、来年は辰年ということで、宝船の船首にある龍頭にも注目していただきたいです。
![]() 初市の宝船と七福神 |
来年のお正月は、縁起の良い資料に会いに松本市立博物館にご来館ください。
Vol.77 市民学芸員「七夕の会」のステップアップ講座(文責:本間)
市民学芸員の皆さんで構成される「七夕の会」。
この会では、「松本の七夕」を普及するため、普段より七夕人形づくり講座等を実施しています。(七夕人形づくり講座の様子はVol.044をご覧ください。)
そんな七夕の会の皆さんが、松本の七夕をより深く理解するために、ステップアップ講座を実施しました。
この講座では、前松本市立博物館館長の木下守氏(現:あがたの森文化会館館長)に講師をしていただきました。
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初めに、七夕をより深く知るために「史料から見る松本の七夕」や「他県の七夕」について学びました。
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次に、ディスカッションを行いました。市民学芸員の皆さんの中には、県外出身者もいます。
県外出身者より「県外にいたときは、七夕の際にお供えをしたことが無かった。松本に来て、お供えをすることを知り驚いた。松本は色々な風習が残っている地域だと思う。」というお話がありました。意見交換をすることで、七夕についてより知識を深めることが出来たと思います。
「七夕の会」の皆さんは、現在も公民館等で七夕人形づくり講座を開催し、活躍しています。既に活躍している皆さんですが、さらに知識を深めるためにステップアップ講座を企画・開催しました。
市民学芸員の皆さんのそのような姿勢から、私も日々「主体的に学び発信することの大切さ」を学んでいます。ステップアップ講座で学びを深めた皆さんの、今後の活動にも、こうご期待ください。
Vol.76 カメラが手放せない ( R5.11.7 文責:内川 )
10月のある日、少し遅めの出勤中、博物館近くの民家前の植込みに大型のカマキリを見つけました。
カマキリの仲間は山と自然博物館のあるアルプス公園でもよく見かけますが、地面から程よい高さ、開けて平らな状態という写真の撮りやすい状態で出会うチャンスは珍しいです。
これは「あの構図」の写真を撮るしかない!
という訳で、指でつついて威嚇のポーズをパシャリ。
本州にいる大型のカマキリは2種類。オオカマキリとチョウセンカマキリですが、正確に見分けるには前脚の基部や後翅の色を確認しなければなりません。 このカマキリは付根が黄色で翅が黒なのでオオカマキリです(チョウセンカマキリは付け根がオレンジで翅は半透明)。このポーズだとその両方を確認できます。
撮影のために出かけない日でも、思いがけないところでシャッターチャンスは訪れるもの。 最近はスマートフォンのカメラ性能も向上しているとはいえ、中々カメラが手放せません。
Vol.75 松本銭鋳造ワークショップ準備中 (R5.10.24 文責:宮下)
松本市立博物館の3階常設展示室で、江戸時代に使われていた当時のお金を展示しています。「寛永通宝松本銭」という名で展示しているこの古銭は、当時全国で流通していたお金ですが、展示してある資料はちょっと変わったところがあります。製作途中のものや失敗作が見られるのです。実は、松本には銭座という寛永通宝を鋳造する場所があったため、通常では見られない失敗作などが残っています。
![]() 寛永通宝松本銭(枝銭)。左側には、金属を流し込む通り道(湯道)の形が残されています。 |
当館では、松本で作られたこの松本銭を石こうで鋳造するというワークショップを準備中です。元になる資料を立体的に計測して作られた原型を使って型を作り、この型に水で溶かした石こうを流し込むことで松本銭の鋳造を体験するというものです。
![]() 石こう用の型。大きな穴から石こうを流し込み、固まった後に真ん中から開きます。 |
![]() 型の内側には、松本銭の形が見られます
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展示品と同じ大きさだと壊れやすいため、製作品は一回り大きくしていますが、細かい凹凸などは忠実に再現され、展示しているものとほぼ同様の松本銭を手にすることができます。また、固まった石こうには、色を塗ることができるので展示品と同様の見た目にすることも可能です。
![]() 石こうで作られた松本銭 |
10月21日には、来館した地域の子どもたちや保護者の方々にこの鋳造体験にチャレンジしてもらいました。開いた型の中からキレイに固まった松本銭が現れた際の嬉しそうな参加者の顔が印象的でした。また、出来上がった松本銭への色付けでは、黄色やブロンズ色を用いて自分だけの松本銭作りが見られるなど、想像力豊かに取り組んでいる姿が見られました。
![]() 好きな色での着色が可能。写真は、ブロンズ色で塗った松本銭です。 |
一方、型の中にしっかり石こうが入らず形にできなかった方も出るなど、課題も見られました。今後も準備を重ね、松本市立博物館ならではの体験をお楽しみいただけるよう取り組んでいきます。
学芸員コラムについて
学芸員が博物館や松本市に関する様々なコラムを投稿します。
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Vol.074 新博物館オープン (文責:高木 R5.10.10)
10月6日、新博物館開館記念式典~オープニングセレモニー~が行われました。会場はエントランスホール1階と、2階の図書情報室を含む吹き抜け空間です。椅子を並べた式典ではなく、参加者全員で開館の喜びを自由に楽しく分かち合うため様々な工夫が凝らされました。
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約150名の招待者に松本市梓川産のリンゴジュースがふるまわれ、パーティームードの中、館内や3階常設展示室などを見学してもらいました。
記念スピーチの中でアソシエイトプロデューサーのおおうちおさむさんが、「学芸員が頑張って作り上げたものを、デザインの力で3倍にも4倍にも素敵にして提示いきたい」とおっしゃってくださったこと、本当に心強く感じました。
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その後、今回のオープニングレセプションの目玉である、日本画家として世界で活躍する福井江太郎さんのライブペインティングが始まりました。外からも見えるように設えたエントランスの会場で3500㎝×2150㎝の和紙に墨と手だけで描いていきます。福井さんの身体全体が躍動し、墨をつけた指先がすばやく動くにつれ、白い紙の上に竜が現れていきます。「画竜点睛(がりょうてんせい)」、福井さんの指で竜の目が描き入れられた時、まさに、新博物館にも命が宿ったような感覚がありました。
できあがった竜の絵のタイトルは「永(えい)」、末永く博物館の守り神となるように命名してくださました。
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「まつもと博覧会」開幕のテープカットも斬新です。現代アーティストの中島崇さんの作品として入口の四方に張られたテープが、臥雲市長たちの手によってカットされると、テープがぱしゅんと飛ぶように美しく開いていきました。
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翌日7日のグランドオープンでは多くの人が来館して賑わい、蟻ケ崎高校書道部のパフォーマンスや、地元の方々による伝統芸能などが祝賀行事として披露されました。
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今後もオープニングイベントが計画されていますので、ご期待ください。
現在開催中の特別展については次回のコラムで紹介する予定です。
Vol.073 常設展示ガイド講座(R5.10.3 文責:武井)
令和5年6月から月1、2回の頻度で実施してきた「常設展示ガイド養成講座」が、9月23日の発表会をもって終了しました。
![]() 講座の様子 |
発表会では複数のグループに分かれて、グループごとに展示室を回りそれぞれのガイドを発表していただきました。
自身の得意分野を深堀りしてオリジナルガイドを展開される方、ガイド練習に先立って複数パターンの台本を用意された方、より分かりやすいガイドのために特製の手持ち資料を使用される方、地元の方しか知らないようなニッチな情報を披露される方などなど…多くを学ばせていただくと同時に、皆さんの熱意に圧倒されてしまいました。
![]() 展示室で意見を交わしあう受講者の皆さん |
開館後は、講座を受講された市民の方が、不定期で常設展示のガイドとして活躍される予定です。
このガイドを通じて、松本市立博物館という場所が住む場所や世代を超えたコミュニケーションの場となることを心から期待しています。