Vol.067  西善寺を訪ねて ( R5.8.22 文責:前田 )

この秋冬は新しい博物館オープンを記念した特別展が2つ開催されますが、来春以降も引き続き、多彩な展覧会で皆さんに楽しんでいただけるよう、それぞれの担当者はその準備にとりかかっています。

私が携わる展覧会で、ぜひとも出展させていただきたいと熱望しているのが、西善寺所蔵の「紙本着色釈迦涅槃図」(享保14年・1729)です。このほど所蔵先である西善寺関係各位のご厚意で拝見する機会がありました。

涅槃図とは、お釈迦様が入滅した時の情景を描いたもので、仏教三大行事の一つである涅槃会の本尊として用いられる仏画です。なかでもこちらの涅槃図は地方寺院最大級といわれるとおり、巻いた状態で長さ5メートルを超す巨大な軸です。

最初に学芸員8人がかりで、普段保管されている蔵から地区の公民館まで、細心の注意をはらいながら移動。あまりにも大きく、あつかう自分たちが小人になったかのようなスケール感です。ひっそりとした趣のあるお寺の参道を、大きな軸が運ばれていく様子は、おとぎばなしみたいな光景でした。

いざ、畳敷きの広間でひろげてみると、そこにはお釈迦様の命の終焉という悲しい場面でありながら、その教えの永劫性をたたえた荘厳なる世界が繰り広げられていました。

男女や階層の差なく宗派を超えて信仰された融通念仏の精神のもと、松本藩の御用絵師によって描かれたこの涅槃図。もとは松本きっての巨刹とうたわれた旧念来寺の什物(じゅうもつ)でしたが、明治の初め、廃仏毀釈の嵐の中にあったその寺から、信徒たちによって救い出され、巨大な寺宝の数々とともに同系の西善寺に運び込まれたのでした。

息をのむような壮麗な涅槃図。その迫力に圧倒されながらひろげていきます。

息をのむような壮麗な涅槃図。その迫力に圧倒されながらひろげていきます。

 
今こうして貴重な文化財の数々を拝んでいると、150年前に仏さま達を窮地から救った先人たちのひたむきな行いと、これを受けて大切に守り続けてくださっている地域の皆様に対して「よくぞ残してくださいました」と心からの感謝の気持ちでいっぱいです。

そして今度は、博物館として何ができるかを考える番。多くの方にこの素晴らしい松本の文化財を知っていただくには・・・。この大きな文化財に負担をかけない展示にはどんな方法がふさわしいか・・・。

実は今回の調査には、当館のおおうちおさむアソシエイトプロデューサーも同行していました。おおうちプロデューサーは、展覧会のトータルデザインや芸術祭のプロデュースを手がける凄腕のアートディレクターで、松本市立博物館の新たな挑戦をグイグイ牽引してくださる方だと感じています。ご自身の経験に裏打ちされた展示のアイデアにより、障害さえも味方につけて、より良く見せようとする柔軟な思考力。この日も涅槃図を前に、おおうちさんから次々とひらめきが飛び出しました。きっといい展覧会になる、もうその予感しかありません。

 市内各所に点在する文化財はそれぞれの歴史を今に語りかけてくれます。それらに耳を傾けるきっかけをつくり、松本の歴史や文化により親しんでいただける展覧会になるよう努めてまいります。

阿弥陀如来坐像と右脇侍の勢至菩薩。 清水の大仏(おおぼとけ)と親しまれた阿弥陀さまは、西善寺に運び込まれた際、あまりの大きさで本堂に入れられず、やむなく光背上部を切り取ったといわれています。

阿弥陀如来坐像と右脇侍の勢至菩薩。
清水の大仏(おおぼとけ)と親しまれた阿弥陀さまは、西善寺に運び込まれた際、あまりの大きさで本堂に入れられず、やむなく光背上部を切り取ったといわれています。

 松本は「まるごと博物館」です。旧念来寺から和田境地区まで「清水の大仏」などとともに貴重な什物を運び出した150年前の人々に思いをはせるためにも、現地に足を運んで西善寺の涅槃図をご覧になることもおすすめします。涅槃会に合わせて一般公開される春分の日を中心とした数日間が、西善寺にて涅槃図をご覧いただけるチャンスです!