Vol.098 特別展調査で拓本を取りました(R6.12.10 文責:武井)
学芸員の数多くある業務の中の一つに、特別展・企画展に向けた資料調査があります。
かくいう私も、来年度の特別展に向けて、松本市内の十王様※の調査をさせていただいています。
※ 十王とは:死後、冥界において死者の罪を裁く十人の王。皆さんご存じの閻魔大王も十王のうちの一人です。十王の裁きによって転生先が決まります。生前に「五逆罪」と呼ばれる大罪を犯すと、最下層の「阿鼻地獄」に堕とされ永劫の苦しみを受けますので注意しましょう。
松本市内の十王は、木造の丸彫り像か石造の丸彫り像に大別されますが、一点だけ、石に線刻された閻魔大王像が確認されています。
今回、この閻魔大王像の拓本を取らせていただく機会に恵まれましたので、その様子をご紹介します。今回採拓させていただいたのは、松本市波田に所在する「線彫閻魔王坐像」(松本市重要文化財)です。
大きな自然石に閻魔大王の姿と銘が刻まれています。
閻魔大王は、両手のひらを前に向けたポーズで、眉を吊り上げ、目を見開き、口を開いています。亡者に対して一喝しているのでしょうか。亡者を裁き、時として地獄に堕とす閻魔大王は恐ろしい姿で表されることが多いのですが、この閻魔大王はどことなくユーモラスで親しみを感じます。
閻魔大王の両隣には「天正二年七月吉日甲戌/本願 越前住經聖」と刻まれています。
この銘文から、天正二年(1574)、越前(福井県)の僧・經聖が建てたことが分かります。かつて波田に存在し、「信濃日光」と称された若澤寺への巡拝の際に建てられたと考えられています。
450年ほど前に建てられた石造物ですが、大きな破損や欠落もなく、現在も肉眼で線刻を確認することができます。
とはいえ、表面には地衣類が生え、光のあたり加減によってはうまく見えないこともしばしば…。そこで威力を発揮するのが「拓本」です。
拓本とは、凹凸のあるものの上に紙を乗せ、墨などでその凹凸を写し取る転写方法の一つです。表面の凹凸情報を正確に写し取ることができるため、文化財調査では欠かすことのできない記録手法です。
鉛筆や固い墨などでこすって写し取る方法を乾拓といい、紙を水で密着させ、乾ききる前に墨を乗せる方法を湿拓と言います。石造物の調査においては多くの場合湿拓が用いられます。今回の調査でも湿拓を採用しました。
今回は以下の手順で、2人で拓本を取りました(人によって流儀は異なります)。
① たわしなどで石造物表面をきれいにする。
② 画仙紙を石造物の大きさに合わせてカットする。
③ 画仙紙の位置を決めたら、霧吹きでまんべんなく濡らして固定する。
④ 丸めたタオルなどで画仙紙をたたき、凹凸にしっかり入れ込む。
⑤ 画仙紙が少し乾いたら、タンポに墨をつけもう一つのタンポとすり合わせる。
⑥ タンポで画仙紙にやさしくムラなく墨をつけていく。
⑦ 墨をつけられたら、石造物から画仙紙をはがす。
⑧ はがした画仙紙を新聞紙に挟む。
なお、作業に必死だったため、拓本中の写真はありません。
そうして出来上がった拓本がこちらです。
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2人とも5年以上ぶりの拓本で、現地では「久々の拓本の割にはうまくできたのでは?」と言い合っていましたが、博物館へ持ち帰り、乾ききった状態で見てみたところ、しわが寄ってしまっていたり、ムラができてしまっていたり、少しにじんでしまった箇所があったりと、反省点が次々と…。拓本においても日々の鍛錬が重要であることを痛感しました。
今回は時間の都合でこの一枚しか採拓できませんでしたが、機会があればもう一度チャレンジさせていただきたいと考えています。
拓本は、今回紹介した石造物だけでなく、金属や木材からも取ることができ、道具がそろえばだれでも取ることができます。興味のある方はぜひチャレンジしてみてください。
※拓本を取るときは、必ず所有者に許可を得てから行ってください。
(今回は市指定文化財であるため、所有者と市文化財課に許可を取っています。)
また、傷つけたり墨で対象物が汚れたりしないよう、細心の注意を払ってください。