夏休み体験講座を実施しました

 考古博物館では、小学校の夏休み期間に合わせて『夏休み体験講座』を実施しました。
 内容は、“弓矢作り講座”と今年初めての実施となる“耳飾りマグネット作り講座”と“ランタン作り講座”の3種類の講座です。
 今回の体験講座は、コロナウイルス感染対策ということもあり、1回の講座参加者数を減らし、その代わりに講座開催日を多く設けました。そうした中で、7月23日~8月9日の計15日間で40回開催され、143人の方に参加いただきました。

 弓矢作りは、コロナウイルスの感染状況もあり5月から7月へ開催日を変更しましたが、即日で予約が埋まるほど多くの方からの申込みがありました。多くの方が関心を寄せている講座だと改めて実感しました。
 マグネット作りとランタン作りは初めての試みでした。マグネット作りは、エリ穴遺跡から出土した耳飾りや土版をモデルとしたシリコンの型に着色をした紙粘土に押し込んで作るものです。ランタン作りは、ランプの周りを紙粘土で土器やハニワのように装飾してみるというものです。両体験とも難しい作業もなく、比較的子ども向けの講座となりましたが、参加された方(大人の方も含め)には楽しんでいただけたようで一安心するとともに、今回の反省点を次回に生かしてよりよい体験講座の実施、考古学の普及啓発に繋げていきたいと思います。また、今後も多くの方に、考古学に触れる機会を創出できるような企画を実施していきたと思います。

 多くの方に参加いただきありがとうございました。この体験をきっかけに考古学について興味を持ってもらえたら幸いです。

 

 最後に今回の体験の様子やみなさんの作品を紹介いたします。

マグネット作りの様子1

マグネット作りの様子

マグネット作りの様子2

マグネット作りの様子

ランタン作りの様子1

ランタン作りの様子

ランタン作りの様子2

ランタン作りの様子

作品一覧(マグネット)1

作品一覧(マグネット)

作品一覧(マグネット)2

作品一覧(マグネット)

作品一覧(ランタン)1

作品一覧(ランタン)

作品一覧(ランタン)2

作品一覧(ランタン)

松本市内遺跡紹介① 「新村地区の古墳」

 新村地区は松本平の西部に位置し、梓川右岸の扇状台地上にあります。その歴史は古代・中世・近世・近代と歩みをたどることができます。
 新村地区には安塚・秋葉原古墳群が見つかっており、東方の島立地区南半から和田地区東部に展開したと推定される古代集落遺跡の墓域ではないかと考えられています。

安塚古墳

 安塚古墳は昭和53年に行われた緊急発掘調査により、9基の古墳の調査が実施されました。古墳の築造時期は8世紀前半とみられます。これまで開発時期が新しいとされていた新村地区に、古代には奈良井川左岸の集落の水源を抑える有力氏族がいたことが明らかになりました。
 発掘調査後に現地保存された第6号古墳は、石室は立石により3室に分けられ、奥壁の鏡石も残存し、蓋石とも思われる大きな石が落ち込んでいました。また、第8号墳からは、銅製の帯飾りが出土しています。奈良時代、帯飾りは朝廷の役人の服装の一部として使われていました。このことから、古墳の被葬者は地方役人であった可能性があります。

発掘時の第6号古墳

発掘時の第6号古墳

秋葉原古墳

 昭和57年に行われた秋葉原遺跡の発掘調査では、古墳5基が発見されました。このうち第1号古墳は、発掘調査から直径12mほどの小さな円墳であったと推定され、古墳に供えられた土器の年代から築造は8世紀初頭~前半とみられます。発見時には、墳丘の土盛りが失われ石室のみが残っていました。現在は横穴式石室のみが上高地線脇に移築復元されています。松本市特別史跡となっています。

復元された第1号墳

復元された第1号墳

 

 これらの古墳は、地表下に梓川の石を用いて横穴式石室を構築した終末期古墳で、追葬を想定した家族墓的性格があり、この地方の特徴ある古墳です。
 安塚・秋葉原古墳群は、古代の奈良井川左岸一帯の地域の開発を考えるうえで欠かせない遺跡と言えます。

松本のたからでも紹介されています。こちらもご覧ください。
松本のたから:安塚第6号古墳
松本のたから:秋葉原第1号古墳

 

コラムクイズ

この像は新村にゆかりのある、とある昔ばなしの主人公の銅像です。一体なんのお話でしょう。

新村の銅像

3つの中から選択してください

考古博物館ニュース⑥ 「新発見!波田地区で見つかった古墳」

波田地区で初めての古墳!

 松本市波田地区の真光寺遺跡で新たに円墳が発見されました。波田地区では初めて発見された古墳・石室となります。(今回の調査は、中部縦貫自動車道の建設にあたり長野県埋蔵文化財センターが行っているものです。)
 今回発見された古墳は、墳丘および横穴石室の上部が削平(破壊)された状況で発見されました。規模は、石室の主軸(南北)方向で墳丘径約12m、周溝幅約1.5~2mです。石室は、全長約7.5m、幅が奥壁で1.1m、入口部1.85m、現存する高さは0.7mです。石室は梓川系の川原石を使用して構築されています。古墳からの出土遺物は、須恵器の坏や蓋、小形長頸壺ほかが出土し、石室内からは須恵器の蓋や鉄鏃の破片が出土しています。
 この古墳は、近接する新村地区の安塚古墳群や秋葉原古墳群を構成する古墳と類似した石室が構築されており、日本列島全域で古墳が築造されなくなった7世紀後半以降に築造された非常に珍しい古墳の可能性もあると考えられます。
(一部、長野県埋蔵文化財センターにて作成の地元現地説明会資料より抜粋いたしました。)

調査の様子(長野県埋蔵文化財センターHPより)

調査の様子(長野県埋蔵文化財センターHPより)

※次号8/15で安塚古墳・秋葉原古墳の紹介を予定しています。

波田地区の歴史的背景

 波田地区を含む松本盆地の西山山麓には、縄文時代中期の大規模な集落遺跡が南北に点々と連なって発見されています。波田地区からも葦原遺跡や麻神遺跡、下原遺跡といった縄文の集落が見つかっています。
 これらの遺跡の規模の大きさや密集の度合いは、縄文中期のメッカと言われる茅野市や富士見町などの八ヶ岳山麓の縄文遺跡と比べても遜色はありません。北アルプスから松本盆地へと流れ出る大小の河川と、それらによって形成された大規模な扇状地や段丘などの地形は、縄文人が集落を営んでいくのに適していたのでしょう。

松本平西山山麓の縄文集落分布図

松本平西山山麓の縄文集落分布図
(クリックで拡大します)

 

コラムクイズ

大規模な扇状地に位置する波田地区の名産品となっているものはなんでしょう?

3つの中から選択してください

火起こし体験解説

※スマートフォンだとうまく表示されないようです。適宜拡大してご覧ください。
 
 考古博物館では、まいぎり式の方法で火起こし体験を実施しています。
道具は画像の一式を用意し、周りに何もないことを確認して行います。(数組で行う場合は互いに距離をとって行うようにしましょう。)

道具一式

道具一式

1.火きり棒にヒモを巻き付け、棒の先を受け皿の小さいくぼみに合わせます。持ち手を下げ、回転をさせます。
持ち手を下げる際に力を入れ、下まで降りたら力を緩めます。ヨーヨーのように、ヒモは下におろすと伸びますが反動で自動的に棒に巻き付きます。ヒモが巻かれる勢いで持ち手は上に上がる力が働きます。(この時に無理に上にあげようとするとヒモは棒に巻き付かなくなり回転が止まってしまいます。)
この動作をひたすら繰り返します。

臼に軸棒を当てている様子

臼に軸棒を当てている様子

軸棒を回転させている様子

軸棒を回転させている様子

2.棒の先と受け皿には回転によって摩擦が生じます。この摩擦によって受け皿のくぼみが削れていき、木の粉が出てきます。さらに摩擦熱が木の粉に移ることで火の赤ちゃんでもある“火種”が出来上がります。
(木の粉から煙が出てくれば火種ができている合図になります。一緒にやる方に見ていてもらいましょう。摩擦熱が生じているので回転している部分からも煙が出ますが火種の煙と間違えないように気を付けてください。また、大変熱く(約600℃)なっているので触らないようにしましょう。)

木の粉が出てきている様子

木の粉が出てきている様子

出来上がった火種

出来上がった火種

3.火種は、麻ヒモをほぐして作った火口(ほくち)に優しく移し、軽く包みます。

火種を火口に移す様子

火種を火口に移す様子

火種を包んでいる様子

火種を包んでいる様子

4.軽く包んだ麻を竹ばさみでしっかりと掴み、腕を大きく振ります。
(竹ばさみで火種をつぶさないように、火口の中心をずらして掴みます。)

竹ばさみで掴んでいる様子

竹ばさみで掴んでいる様子

腕を振り空気を送り込んでいる様子

腕を振り空気を送り込んでいる様子

5.火口に空気を送りこむことによって火種が大きくなり、火がつきます。
(火がつく前は煙の量が大きくなります。しっかりと火口を見て腕を伸ばすようにしてください。また、火がついたら腕をちょっと上に向けます。びっくりして腕を下げてしまうと火は自分の体のほうに上ってきてしまいやけどの原因となってしまいます。)

火がつきました

火がつきました

安全のため水の中へ

安全のため水の中へ

 

当館では、このような要領で火起こし体験を実施しています。
考古博物館での体験はもちろんのこと、小学校やその他施設での出前講座や道具の貸出を行っております。お気軽に考古博物館までご連絡ください。

考古博物館ニュース⑤ 考古博物館の体験紹介(火起こし編)

 考古博物館では、いくつか体験を用意しています。
 勾玉作りや火起こし、弓矢飛ばしといった古代体験のほか館内にも土器パズルなどのミニコーナーを設けています。
 今回は、火起こし体験に焦点を当てて紹介します。

火の大切さを知ろう!火起こし体験

 普段から来館者の方や小学校などの見学で多くの方に体験をしてもらっていますが、この火起こし、実はちょっと難しいんです。
 小さいお子さまには難しく、小学校5・6年生くらいになると筋力と集中力がついてきて火をつけられる子が増えてきます。大人でもコツを掴むまでに時間がかかり苦戦する方もいます。当然ながら天候の悪い日には雨風の影響もあり、火はつきにくくなってしまいます。
 この体験を通じて「ライターやマッチがない時代に火をつけることがいかに大変だったか」「火が、いかに人間の生活で欠かせないものなのか」を学び感じてもらえれば幸いです。また、火はとても危険なものということも知ってもらいたいと思います。

火起こし体験の様子

火起こし体験の様子

 火起こし体験の方法については解説ページ作成しましたので、こちらからご覧ください。

火と人間の歴史

 大昔、落雷による火事などの自然発生したものから人間が利用し、その後火を作ることができるようになり、自由に火を使うことができるようになりました。
 火を使うことで、①食材を調理(食の幅が広がり食料の保存期間が延びた)すること、②暗い夜にも行動できるようになったこと、③寒い日に暖をとること、④獣から身を守ることといったことができるようになり生活する上で大変欠かせないものとなりました。
 しかし一方で、火にはとても危険な一面もあります。一度つくと燃焼物がなくなるまで燃え続け、燃え広がった火を消すのは容易なことではありません。住居などの生活空間の焼失や人間や生き物の命を奪う恐ろしいものです。
 火はとても大切なものですが、その危険性を十分に理解し、取扱いには注意しましょう。

火起こし体験時に使用する火の説明パネル

火起こし体験時に使用する火の説明パネル

<夏休み特別体験講座のご案内>

様々な体験を行っていますが、今年は夏休み期間に合わせ、新しく実施する体験講座もありますので紹介します。
(夏休み体験講座の詳細につきましては、こちらのページをご確認ください。)
この機会にぜひ考古博物館に遊びにきてください。

耳飾りマグネット作り
紙粘土を型にはめ、耳飾りなどの形のマグネットを作ってみるというものです。小さいお子さまにも簡単に作れるものとなっています。
紙粘土には水性の絵の具で着色をするので、自分だけのマグネットを作ってみましょう!

ランタン作り
七色に光るランプの周りに紙粘土をつけ、土器やはにわの形にしてみましょう。
細かい作業の部分もありますが、こちらも小さいお子さまにも作れるものをなっています。

※ともに要予約・人数制限あり。

考古博物館ニュース④ 学芸員のおすすめ資料

銅製三尊仏像

 銅製三尊仏像は、高さ9.8㎝、幅8.2㎝で、1本の茎(なかご)から分かれた3本の茎上部に座像が作られています。当初は、錫杖(しゃくじょう)の頭部ではないかと考えられていましたが、錫杖頭部に特徴的な円形の輪型がないことから、念持仏として台上に安置されたとも考えられています。

銅製三尊仏像

銅製三尊仏像

三尊仏彫刻の石製硯

 三尊仏彫刻の石製硯は、縦約6.8㎝、横約3.8㎝、厚さ1.5㎝の小型の石製の硯です。裏面には、三尊仏の彫刻があり、塼仏(せんぶつ)の型になっています。
 塼仏とは、仏像が浮き彫りになるように作られたものです。この硯は、そのための型として利用され、これに粘土をつめて三尊仏像を作り、焼きかためて製品にしたと考えられます。

三尊仏彫刻の石製硯

三尊仏彫刻の石製硯

平瀬遺跡

 上記2資料は松本市島内地区の北部に位置する「平瀬遺跡」から出土しました。
 鎌倉時代の文献に、「信州平瀬法住寺(ほうじゅうじ)」という寺院が記されており平瀬遺跡は「法住寺」に関連するものではないかと考えられていました。
 発掘の結果、寺院の建物跡は確認されませんでしたが、上記の資料や布目瓦など寺院に関連する遺物が発見されました。そのため、平瀬遺跡は、法住寺に何らかの関係のある集落であったと考えられています。また、古墳時代の住居跡も発見されました。これにより、島内地区の平地部でも、古代から人々の生活が営まれていたことがわかりました。

 

コラムクイズ

平瀬遺跡のある松本市島内。同じ島内地区内の北方遺跡から出土した目を惹く遺物はなんでしょう?

3つの中から選択してください

夏休み体験講座の開催について

考古博物館では、7月23日(金・祝)から8月9日(月・祝)の期間に
夏休み体験講座」を開催します。

この体験講座は、複数の体験を実施日と時間をわけての開催となります。各回ごと人数の制限を設けさせていただきますことご了承ください。

※当館でも感染対策をしての実施となりますが、来館者様もマスクの着用など感染対策にご協力ください。
※申込みの際は「体験講座名」「実施日」「時間」をお確かめの上ご連絡ください。
※新型コロナウイルス感染拡大防止対策のため、中止となる場合がございます。

➀ 弓矢作り体験 (募集定員に達しました。)

実施日:7月23日(金・祝)から7月25日(日)までの3日間
時 間:10:00~12:00の1日1回
定 員:各日先着5人
参加費:500円
受付開始:7月9日(金)9時から電話にて(0263-86-4710)

➁ 耳飾りマグネット作り講座 

マグネット

内 容:紙粘土を型にはめ、耳飾りなどの形のマグネットを作ります。小さいお子さまにも簡単に作れるものとなっています。
紙粘土には水性の絵の具で着色をするので、自分だけのマグネットを作ってみましょう!
実施日:7月27日(火)から8月1日(日)までの6日間
時 間:10:00~10:30 10:30~11:00 11:00~11:30
    13:30~14:00 14:00~14:30 14:30~15:00の1日6回
定 員:各回先着2人
参加費:200円
受付開始:7月16日(金)9時から電話にて(0263-86-4710)

➂ ランタン作り講座 

ランタン

内 容:七色に光るランプの周りに紙粘土をつけ、土器やはにわの形にしてみましょう。
細かい作業の部分もありますが、こちらも小さいお子さまにも作れるものとなっています。
実施日:8月3日(火)から8月9日(月・祝)までの7日間
時 間:10:00~11:00、14:00~15:00の1日2回
定 員:各回先着6人
参加費:300円
受付開始:7月21日(水)9時から電話にて(0263-86-4710)

※中止 あがたの森考古学ゼミナール(7月10日、17日)

長野県では、6月5日から全圏域の感染警戒レベルを4から3とし、「特別警報1」から「警報」に切り替えましたが、全国的には、緊急事態宣言が発令されている地域もあることから、松本市では、当面の間、「警戒期」を継続することとし、感染拡大への警戒を続けることとなっており、このことから「あがたの森考古学ゼミナール」を中止とします。

企画・準備などにご協力いただいた関係者の皆さん、楽しみにされていた皆さんには申し訳ありませんが、安心・安全を第一に考えた結果ですので、ご理解いただきますようお願いします。

発掘された松本2020➇ 「松本城北門跡確認調査」

松本城北門跡確認調査

 本調査は、調査地を古地図と照らし合わせたところ、松本城北門跡付近であることがわかったため、北門の遺構が残存しているかを確認するために実施した調査です。
 北門は、松本城三の丸北東隅に位置しており、現在ある南北の道をまたいであげられた櫓門で、お城の北側に住んでいた武士たちがお城に勤めに出かけていくときの通用門と考えられています。門の両脇には土塁が続き、進入や視界を防いでいました。門の内側には番所が設けられていました。

絵図で見る調査地

絵図で見る調査地(クリックで拡大します)

  調査の結果、門跡にかかる遺構(石垣や礎石など)は見つかりませんでしたが、土塁と考えられる盛土を確認しました。盛土の下部は、地盤沈下しないように礫で補強されており、上部は土質の違う土を混ぜ突き固めた版築土が構築されていました。また、調査地北部で、土塁の裾部を確認することができました。

盛土の様子

盛土の様子(クリックで拡大します)

 

コラムクイズ

松平直政公が松本城主であった期間に、松本城北門よりも北側に整備された町は何という名でしょうか。(現在は旧町名として名が残っています。)

3つの中から選択してください

発掘された松本2020➆ 「県町遺跡第21次」

県町遺跡第21次調査

 県町遺跡は、あがたの森公園周辺を中心とする、東西・南北ともに約700mという広い遺跡です。
 今回の調査は、道路拡幅に伴う東西140mという細長い範囲で、遺跡内での遺構分布の広がり方の変化がわかりました。中心部に近い東側では密度が高く、狭いB地区(約200㎡)では、弥生時代から中世までの建物跡が8軒見つかっています。対して広い西側のA地区(約560㎡)では密度が低く、建物の跡はありませんでした。それでも弥生時代以降氾濫を繰り返してきた薄川の氾濫の跡を確認しました。
 見つかった生活の跡は弥生時代から古墳時代、平安時代、中世と続いており、さらに現在に至るまで2000年近く人々の暮らしの営みが続いてきたことがわかりました。

調査地全景

調査地全景(クリックで拡大します)

 

コラムクイズ

日本における紀元前10世紀前後から紀元後3世紀中頃までの時代を弥生時代とよんでいます。
では、弥生時代の「弥生」とは何を意味しているでしょうか。

3つの中から選択してください