発掘された松本2022② 「史跡松本城南外堀第5次調査」

 前回(発掘された松本2022① 概要と「史跡弘法山古墳第4次」)に続き、発掘された松本2022の調査結果を紹介していきます。今回は史跡松本城南外堀第5次調査です。

史跡松本城南外堀第5次調査

 南・西外堀復元事業に伴い、南外堀の範囲や構造を確認するために二の丸から三の丸までを横断する発掘調査を実施しました。二の丸から三の丸までを横断する調査は今回が初めてとなります。
 松本城を構成する外堀の明確な成立時期は不明ですが、おそらく築城期に整備されたものと考えられます。明治時代になり、松本城が政庁・軍事的拠点としての役目を終える中で、外堀の一部が大正8(1919)年から昭和初年にかけて埋め立てられ、宅地化しました。

南外堀の調査位置

南外堀の調査位置(クリックで拡大します)

 調査地南端から、三の丸側の岸(南外堀と三の丸との境界)に設置されていた石垣が出土しました。石の面が揃えられており列をなしていることから設置された当時の位置を保っているものと思われます。また、過去の調査で見つかっている三の丸側の石垣の出土地点を結ぶことで、過去の調査結果から推定されていた外堀ラインと重なり、南外堀の三の丸側の岸が確認できました。
 横断調査の結果、南外堀は大正時代からの埋め立て層と外堀の堆積層の2層に分かれていることがわかりました。今回の調査地点では、南外堀の最大深度が現在の地表から3m程度であることがわかりました。また、堀底の形も判明しました。これまでは三の丸側が深くなっている「片薬研堀」であると考えられていましたが、横断調査の結果「箱堀」であることがわかりました。

南西から見た調査区の様子(赤い線は堀の底)

南西から見た調査区の様子(赤い線は堀の底)