Vol.091 滝廉太郎「荒城の月」の編曲(R6.7.18 文責:竹藤)

今年度より新規採用となりました、竹藤(たけふじ)と申します。事業担当の一員として、本コラムの執筆をさせていただくことになりました。
学芸員の資格を持たない私ですが、大学・前職と文化芸術に携わってきましたので、今回は特に専門としている音楽(作編曲)についてお話ししたいと思います。

ちょうど最近まで、滝廉太郎《荒城の月》の編曲に取り組んでいました。音楽の教科書でもおなじみの楽曲ですが、今回は独唱から混声3部合唱(ソプラノ・アルト・男声+ピアノ)への編曲です。
楽譜が完成するまでの過程を、順を追って見ていきましょう。

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まずは、編曲の方向性を確認しておきます。特に、原曲のイメージを崩すことなく、楽器編成や演奏形態のみを書き換える「トランスクリプション」なのか、編曲者の自由な発想のもと、原曲の要素を用いながら再構成していく「アレンジメント」なのかという点は重要です。
今回は後者ですが、次のようなオーダーをいただいていました。

ひとつは、男声の音域に制限があること。低い音域を出すことが難しい合唱団ということでした。また、1番は原曲のまま進行し、2番以降(4番まであります)の雰囲気を変えてほしいというご要望もありました。
内容からすると、難解な楽譜をどんどん読んでいくというよりは、比較的やさしい曲を楽しんで歌おうという合唱団と推察されます。普段からお付き合いのある団体というわけではないため、もちろん推測の域を出ませんが、少なくとも歌のパートについてはシンプルにしようと考えました。
検討の末、ピアノ伴奏に別楽曲の要素を混ぜることで、変化をつけていくアレンジとしました。具体的には《荒城の月》ということで、安易ながら「月」にまつわる楽曲をいくつか選びました。

1番については、リクエスト通り原曲の雰囲気が残っていますが、同じく滝廉太郎の名曲「花」の伴奏形を用いています。

 

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2番に登場するのは、C.ドビュッシー《月の光》です。
原曲は9/8拍子で、4/4拍子からはやや遠い拍感ではありますが、6連符主体のリズムへ変化することでアレンジが効いてきました。和声を《荒城の月》に合わせて変更したり、拍子の合わないところは素材を挿入したりと、断片的・複合的に使用しました。
同様の音型は後奏にも登場し、楽曲をしめくくります。

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また、3番にはジャズ・スタンダードである《フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン》を引用しました。これは嬉しい誤算だったのですが、原曲のコード進行をほぼ変えることなくミックスさせることができました(《荒城の月》の旋律が《フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン》の和音に偶然合っていた)。

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最後に、全体のバランスを整えます。
各回が異なるアレンジになることで、展開が唐突になってしまったり、うまく流れずまとまりのない印象になってしまったり…という危険が出てきます。それらをゆるやかにつなげるブリッジとして、間奏にはL.v.ベートーヴェン《ピアノソナタ第14番》(月光)の第3楽章の一部を用いました。クラシックからジャズへの連結を違和感なく、しかも拍感を元に戻さなければならないというところで苦心しましたが、同曲がカデンツァ(終止部の直前に入る技巧的な独奏)のような役割を果たしてくれました。

 

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編曲は作曲と違い、もとになる原曲があります。0から1を生み出す作業とは趣が異なりますが、やはり多くのことを考えながら進めていく大変さがあります。
今回は自己紹介も兼ねて、普段の音楽活動の一部をご紹介いたしました。身の回りに「作曲をやっている」という方はなかなかいらっしゃらないと思いますが、こうした作品の裏側の部分について、少しでも知っていただくことができれば幸いです。

まだまだ未熟ではございますが、これから自身の強みも活かしながら、博物館事業に貢献できればと思います。今後とも、何卒よろしくお願い申し上げます。

※今回の編曲には、原則としてパブリックドメインの楽曲を使用しているほか、著作権関連の許諾が必要な場合については依頼主に一任しております。