Vol.101 手作り甲冑講座奮戦記 ( R7.2.3  文責:吉澤 )

松本市立博物館では令和6年10月から連続講座「手作り甲冑講座」を実施しています。

10月5日(土)の事前説明会後、申込みいただいた10名の受講生をお迎えし、実際に着用できる甲冑を思い思いのデザインで制作しています。一から自分の手で作りあげるオリジナル甲冑は、一朝一夕には完成しません。今回は、そんな手作り甲冑講座の様子を紹介します。

【事前説明会】

講師は、当館に手作りの甲冑レプリカをご寄贈くださった赤廣三郎先生をお招きしました。時間と根気のいる講座になりますので、納得して受講していただけるよう、説明会では先生の作品を前に作業工程の具体的な説明をしていただきました。

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【講座の様子~兜ができるまで~】

この講座では、戦国時代以降に活躍した「当世具足」という甲冑を制作していきます。「当世具足」は兜や胴だけでなく、全身を覆えるよう籠手(こて)や臑当(すねあて)といった「小具足」も一式備えた甲冑なので、それだけたくさんのパーツを作っていく必要があります。

まずは兜の制作です。
今回は兜鉢の板のつなぎ目を筋状にみせる「筋兜」という兜を制作していきます。
ヘルメットとビニールコードを使い、兜鉢を成形します。

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鉄板の代わりに使用するのはプラスチック板。仕上がりは本物の甲冑よりも軽いですが、それでも強度と厚みがあるので型紙にあわせて切り分けるのも一苦労です。

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プラスチック板を熱湯にさらし、柔らかくしてから眉庇(まびさし)や錣(しころ)の形を整えます。眉庇・錣は、それぞれ兜の一部位で、眉庇は帽子のツバのように額を覆う部分、錣は後頭部から首を守る部分です。

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錣を制作します。

プラスチック板に数か所穴をあけ、そこに紐(縅毛)を通しながら板を数枚つなげていきます。この工程を「縅(おど)し」といいます。

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錣を制作します。

プラスチック板に数か所穴をあけ、そこに紐(縅毛)を通しながら板を数枚つなげていきます。この工程を「縅(おど)し」といいます。

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これからは胴や籠手などもどんどん制作していきます。
完成は今年の3月頃を予定しています。どんな甲冑が出来あがるのか楽しみです!

 

 

Vol. 100 松本筑摩高校生の皆さんと街歩き(R7.1.15 文責:本間)

令和6年6月から開催している松本市立博物館・松本筑摩高等学校連携の連続講座。11月14日(木)に第4回目を実施しました。

本講座では、松本高等学校出身の作家を中心に取り扱ってきました。今回の街歩きでは、松本高等学校(旧制)の学生たち(以下、松高生)がよく訪れていた場所を巡りました。

巡った場所は松本城太鼓門・かき舟・塩川・鯛萬の井戸(旧鯛萬)・上土シネマ(旧電器館)・東すし・縄手通り・弁天・おきな堂・四柱神社・枡形跡広場(旧鶴林堂書店)の計11か所ですが、ここではピックアップして紹介します。

 1 塩川(松本市大手4-12-8)

昔の松本には映画館がたくさんありました。塩川は松高生が映画を見た後によく行っていたお店で、甘味を味わえる喫茶です。

 松本高等学校出身の作家・北沢喜代治の小説にも登場しています。塩川が描かれている部分を引用します。

 「それは町の盛り場に近い、塩川という喫茶店だった。[中略]お茶が運ばれて来て、運んで来た娘がかえりしなに、側のストーブをいじると、一時に火の燃え上る唸りがきこえて、あたりがぬくぬくと感ぜられた。」(北沢喜代治「忘年」より)

昔の塩川(旧制高等学校記念館蔵)

昔の塩川(旧制高等学校記念館蔵)

松本筑摩高校の皆さんと現在の塩川

松本筑摩高校の皆さんと現在の塩川

2 鯛萬の井戸(松本市大手5丁目6)

 昔の松本には割烹料理屋・鯛(たい)萬(まん)が存在しました。「鯛萬の井戸」はお店があった場所に作られ、その名前を取ってつけられたものです。

鯛萬は一流のお店で「芸者さんを連れてきても恥ずかしくない」と、松高生が芸者を呼んだこともありました。

松高生は、「半玉さん」と呼ばれる玉代が半分の若手の芸者さんとよく遊んでいたようです。

鯛萬の井戸看板

鯛萬の井戸看板

看板から井戸までの路地

看板から井戸までの路地

鯛萬の井戸

鯛萬の井戸

3 おきな堂(松本市中央2-4-10)

洋食屋・おきな堂には「バンカラカツカレー」というメニューがあります。この「バンカラ」とは何でしょうか。

松高生は自身の制服をわざと汚して身につけていました。理由は、当時は外見よりも内面を重視する風潮があったためです。

バンカラの学生

バンカラの学生

(旧制高等学校記念館蔵)

松本高等学校出身の作家・北杜夫のエッセイにもバンカラが登場しています。描かれている部分を引用します。

 「帽子に、夢にまで見た白線(旧制高校生は白線帽が特徴であった)を巻き、それに醤油と油をつけて古めかしく見せようと努力した。[中略]旧制高校生の敝衣破帽(へいいはぼう)というのはむろん彼らなりの裏返されたおしゃれ」(北杜夫「どくとるマンボウ青春記」より)

 野蛮なハイカラ、ということでバンカラと呼ばれていたようです。

翁堂外観

翁堂外観

松本筑摩高校の皆さん

松本筑摩高校の皆さん

松高生と翁堂(旧制高等学校記念館蔵)

松高生と翁堂(旧制高等学校記念館蔵)

 

全4回に及ぶ講座でしたが、1回目から出席してくれている生徒さんもいらっしゃいました。松本筑摩高校の皆さんとの連携講座は、来年度も実施予定です。今後も博物館資料や現物を用いた講座を開催し、若い世代の皆さんと一緒に地域の歴史・文学を学んでいきたいと思います。

 

 

Vol.099 年越し新春刀剣展 ( R6 .12.28 文責:高木 )

今月20日から「年越し新春刀剣展~我が家の名刀・刀装具」を、日本美術刀剣保存協会長野県南支部と共同で開催しています。

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2階特別展示室の半分のスペースですが、刀身46振り、刀装具など合わせて約100点を展示しています。名刀ぞろいの大変見ごたえのある展示になりましたが、これらは1点を除いてすべて、南支部会員の各家庭で大切に保管され、手入れされているものです。鎌倉初期に作られた刀もあります。ということは、800年近く、誰かが大切に手入れを続けてきたから今ここに展示されているということになります。

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刀は手入れを怠ればさび付いてその輝きを失ってしまいます。また、武器として荒々しい戦いに使用されたものは残りません。長い年月、その美しさを誰かが愛でてきたから鑑賞に堪える美術品として博物館に展示されているのです。

姿、鍛え肌、刃文など刀剣のみどころはたくさんあります。解説には専門用語が多く難しく感じてしまうかもしれません。もし、刀を見るのは初めてという初心の方でしたら、ぜひ会場を一回りして自分のお気に入りを見つけてみてください。
姿がかっこいい、刃文がきれい、そう思っていただけるだけで大切にされてきた刀の輝きは一層増すように感じます。何できれいなんだろうと疑問を持ち帰っていただけるとさらにうれしいです。

今年も残り少なくなりました。いつも博物館活動への理解とご協力に感謝しています。来年もよろしくお願いいたします。

新春刀剣展は元旦午前10時から午後3時まで特別開室いたします。また、11日(土)から13日(祝)には現代刀匠の最高峰にある宮入法廣氏を招いて座談会など関連事業も開催しますのでぜひお立ち寄りください。

 

特別展「春を待つ涅槃図」関連イベント「早春の行事食 やしょうま作り」

241218やしょうま写真

 

 

 

 

 

 

お釈迦さまの命日にお供えされる郷土食「やしょうま」をつくります。

日時

令和7年2月11日(火祝)午前10時から正午(予定)

会場

大手公民館 料理実習室
※無料駐車場はありません。近隣の駐車場をご利用いただくか、公共交通機関をご利用ください。

参加費

一人300円

定員

5組程度。1名でも参加可。小学生以下は保護者同伴。 申し込み多数の場合は抽選となります。

持ち物

エプロン、マスク、三角巾(バンダナなど)、ふきん、台ふきん(タオルでも可)

申し込み方法・期間

令和7年1月6日(月)~20日(月)の間にQRからお申し込みください。
21日以降、メールにて参加の可否をお知らせします。

やしょうま作りQR

 

その他

・おもな原料は米粉ですが、製粉の工程でそば、小麦、大豆が含まれる場合があります。
・ごま、クルミの入ったやしょうまの試食もあります。

特別展「年越し新春刀剣展 ~我が家の名刀・刀装具~」

会 期

2024(令和 6) 年 12 月 20 日(金)~ 2025(令和 7)年 1 月 20 日(月)

閉室日:毎週火曜日、12/29(日) ~ 1/3(金)。ただし1月1日(祝日)(午前10時 ~午後3時 (入室は午後2時30分まで))は臨時開室日となります。

会 場

松本市立博物館  2階特別展示室

開館時間

9:00 ~ 17:00(最終入室は16:30まで)

観覧料

無料

展覧会概要

今回の展示は松本市立博物館と日本美術刀剣保存協会長野県南支部の共同開催で行われ、会員の所蔵刀45点と刀装具など合わせて約100点を無料で展示公開します。各会員が厳選した愛刀の中には、「来国行」「来国俊」「来國次」といった鎌倉時代の来派の名刀や「福岡一文字」「片山一文字」といった備前の名刀、また、松本平で作られた江戸時代の名刀、工芸の粋を凝らした刀装具なども展示します。現在日本で最も優れた刀匠「宮入法廣」氏が松本城400年祭を記念して作刀した太刀も展示し、1月12日には刀匠を迎えて座談会を開きます。1月11日13日にはギャラリートークを、11日から13日には会員が常駐して刀に関する皆様の質問にもお答えします。刀剣が好きな人もそうでない人も必ず新しい発見があると思いますのでぜひ会場にお越しください。

 

関連イベント

座談会「刀匠に聴く」

講師   宮入法廣氏(刀匠)
日時   1月 12 日(日)午後1時 30 分~3 時
会場   松本市立博物館 講堂
定員   80名(申込み不要、先着順)
料金   無料

刀剣よろず相談所

講師   日本美術刀剣保存協会長野県南支部の会員
日時   1月 11 日(土)・12 日(日)・13 日(祝)午前10 時~正午
会場   松本市立博物館 2階特別展示室
料金   無料

ギャラリートーク

日時   ①1 月 11 日(土)午後 1 時 30 分~2 時 30 分  ②1 月 13 日(祝)午後 1 時 30 分~2 時 30 分
料金   無料
申込み  不要

お問い合わせ

松本市立博物館
TEL 0263-32-0133
FAX 0263-32-8974

Vol.098 特別展調査で拓本を取りました(R6.12.10 文責:武井)

学芸員の数多くある業務の中の一つに、特別展・企画展に向けた資料調査があります。
かくいう私も、来年度の特別展に向けて、松本市内の十王様の調査をさせていただいています。

※ 十王とは:死後、冥界において死者の罪を裁く十人の王。皆さんご存じの閻魔大王も十王のうちの一人です。十王の裁きによって転生先が決まります。生前に「五逆罪」と呼ばれる大罪を犯すと、最下層の「阿鼻地獄」に堕とされ永劫の苦しみを受けますので注意しましょう。

松本市内の十王は、木造の丸彫り像か石造の丸彫り像に大別されますが、一点だけ、石に線刻された閻魔大王像が確認されています。

今回、この閻魔大王像の拓本を取らせていただく機会に恵まれましたので、その様子をご紹介します。今回採拓させていただいたのは、松本市波田に所在する「線彫閻魔王坐像」(松本市重要文化財)です。

(松本市文化財課ホームページより転載)

(松本市文化財課ホームページより転載)

大きな自然石に閻魔大王の姿と銘が刻まれています。

閻魔大王は、両手のひらを前に向けたポーズで、眉を吊り上げ、目を見開き、口を開いています。亡者に対して一喝しているのでしょうか。亡者を裁き、時として地獄に堕とす閻魔大王は恐ろしい姿で表されることが多いのですが、この閻魔大王はどことなくユーモラスで親しみを感じます。

閻魔大王の両隣には「天正二年七月吉日甲戌/本願 越前住經聖」と刻まれています。
この銘文から、天正二年(1574)、越前(福井県)の僧・經聖が建てたことが分かります。かつて波田に存在し、「信濃日光」と称された若澤寺への巡拝の際に建てられたと考えられています。
450年ほど前に建てられた石造物ですが、大きな破損や欠落もなく、現在も肉眼で線刻を確認することができます。

とはいえ、表面には地衣類が生え、光のあたり加減によってはうまく見えないこともしばしば…。そこで威力を発揮するのが「拓本」です。

拓本とは、凹凸のあるものの上に紙を乗せ、墨などでその凹凸を写し取る転写方法の一つです。表面の凹凸情報を正確に写し取ることができるため、文化財調査では欠かすことのできない記録手法です。

鉛筆や固い墨などでこすって写し取る方法を乾拓といい、紙を水で密着させ、乾ききる前に墨を乗せる方法を湿拓と言います。石造物の調査においては多くの場合湿拓が用いられます。今回の調査でも湿拓を採用しました。

今回は以下の手順で、2人で拓本を取りました(人によって流儀は異なります)。

① たわしなどで石造物表面をきれいにする。
② 画仙紙を石造物の大きさに合わせてカットする。
③ 画仙紙の位置を決めたら、霧吹きでまんべんなく濡らして固定する。
④ 丸めたタオルなどで画仙紙をたたき、凹凸にしっかり入れ込む。
⑤ 画仙紙が少し乾いたら、タンポに墨をつけもう一つのタンポとすり合わせる。
⑥ タンポで画仙紙にやさしくムラなく墨をつけていく。
⑦ 墨をつけられたら、石造物から画仙紙をはがす。
⑧ はがした画仙紙を新聞紙に挟む。

なお、作業に必死だったため、拓本中の写真はありません。
そうして出来上がった拓本がこちらです。

 
(見やすくするため少し加工しています。)

(見やすくするため少し加工しています。)

2人とも5年以上ぶりの拓本で、現地では「久々の拓本の割にはうまくできたのでは?」と言い合っていましたが、博物館へ持ち帰り、乾ききった状態で見てみたところ、しわが寄ってしまっていたり、ムラができてしまっていたり、少しにじんでしまった箇所があったりと、反省点が次々と…。拓本においても日々の鍛錬が重要であることを痛感しました。

今回は時間の都合でこの一枚しか採拓できませんでしたが、機会があればもう一度チャレンジさせていただきたいと考えています。

拓本は、今回紹介した石造物だけでなく、金属や木材からも取ることができ、道具がそろえばだれでも取ることができます。興味のある方はぜひチャレンジしてみてください。

 ※拓本を取るときは、必ず所有者に許可を得てから行ってください。
(今回は市指定文化財であるため、所有者と市文化財課に許可を取っています。)
  また、傷つけたり墨で対象物が汚れたりしないよう、細心の注意を払ってください。

「松本城野鳥観察会」開催のお知らせ

松本市立博物館では「松本城野鳥観察会」を開催します。

マガモ

日 時 令和7年1月11日(土)午前9時30分~午前11時00分

場 所 松本市立博物館・松本城公園(集合:松本市立博物館講堂)

講 師 松本市立博物館職員

内 容 松本城の堀で見られるカモの仲間を中心に松本城で見られる野鳥についての講義のあと、
    実際にお城の周りを回りながら野鳥を観察する、初心者向けの観察会です。 

参加料   無料

持ち物 野外を歩きやすい服装、筆記用具、雨具、帽子、あれば双眼鏡など

定 員 15名(応募多数の場合抽選になります)

申込み 令和6年12月6日(金)9時から26日(木)まで
    以下の二次元コードかこちらの申込フォームより

R7松本城野鳥観察会申込フォームQR

 

Vol.097 博物館で積読? ( R6.11.18 文責:岡 )

松本の散策後や展示を見た後に座って一息つきたい…そんな時は、松本市立博物館の図書情報室でゆっくり本を読むのはいかがでしょうか?

図書情報室の様子

図書情報室の様子

図書情報室は当館2階の特別展示室前、大名町通りを見下ろす見晴らしのいい空間にあります。名前の通り、備え付けの本棚には図書がディスプレイされていて、どなたでもご自由にお読みいただけます。(当館は2階3階でも展示室前までなら無料でお入りいただけます。)

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ところでこの図書は、本棚の区画ごとにカテゴリー分けされています。このカテゴリーは松本に関連するものを中心に、「城」や「山」、「建築」、「音楽」など20種類以上が設定されていて、当館学芸員がおすすめする図書を、お手に取りやすいものから少しマニアックなものまで幅広く選出しています。カテゴリー内でも個性の違う図書を選出しているので、惹かれるジャンルがあれば、ぜひ区画単位で注目してみてください。普段読まないジャンルでも、パラパラ眺めていたら思わぬ発見があるかも…?

向かって左にあるU字の本棚には少し毛色の違う図書が並べられています。ここは主に特別展ごとにラインナップが替わる、期間限定エリアです。限られた期間ではあるものの、通常は閉架している骨太なものや少し踏み込んだものなど、特別展をさらに楽しむための図書が多く並べられています。展示を見る前や後に、ぜひ立ち寄ってみてください。

年季の入ったレアな図書が読めるかも

年季の入ったレアな図書が読めるかも

【図書情報室 基本情報】
 場所     松本市立博物館2階 特別展示室前
 入室時間   9:00~17:00
 休室日    毎週火曜日
 料金     無料
 注意    ・室内は飲食禁止です。虫やカビの発生原因になりますので、
                   1階の飲食可能スペースをご活用ください.
                 ・図書は元の場所に戻してください.
                 ・図書の中には市民の方が寄贈してくださったものもあります。
                    ご覧の際は丁寧にお読 みください.
                 ・本を読む以外にも、休憩や自習などにもご利用いただけます.
                    マナーを守ってご利用ください.
                 ・大声で話す等、他のお客様のご迷惑になる行動はお控えください。

 

 

Vol.096 松本で『和食展』を考える (R6.11.5 文責:川上)

 現在開催されている特別展『和食―日本の自然、人々の知恵』は国立科学博物館で開催され、その後各地を巡回する展覧会です。巡回してくるからそのまま展示すればいいじゃないかと思われるかもしれませんが、ただそのまま展示するだけではもったいないですよね。松本のことも少しは知りたいと思いませんか?というわけで、松本の要素を独自にプラスしようということになりました。

 松本に関することを松本の和食は何か、郷土食は何かと市史などを調べると、毎日の食事が楽しみだったと語られることは少なく、「ご飯に味噌汁、漬物程度で粗末だったという話のほうが多い」などという記述があります。昭和30年代のことで、まだ多くの家庭で白米に雑穀(粟・麦など)を混ぜて食べていたそうです。それほど遠くない過去の話です。ちょっとびっくりしてしまいます。確かに今のように食べたいものがなんでも食べられる時代ではなかったとは思います。

 しかし、暮らしには季節感があり、食べ物には旬がありました。質素ななかにもその季節にしか食べられないものを待つ楽しみがあり、旬のいちばんおいしい時を味わうという和食の原点ともいえるものがあったはずです。また、食材が不足する時期を見据え保存食にするという工夫。これも暮らしから生まれた和食の知恵だと思います。

 毎日の食事はともあれ、冠婚葬祭、お祭り、地区の集まりや季節の行事など特別な日は、普段食べないようなものや工夫を凝らしたごちそうが並び、楽しみにされていました。このようなときに頂いたものが松本の郷土料理として今でも食卓にあがっています。

 少し前になりますが、インターネットのニュース記事に訪日観光客の「日本」への本音というものがありました。便利でかわいい品物が1ドル以下で買える100円ショップやコンビニで買える弁当やスイーツ、回転ずしなどの食品にも期待を寄せ来日したそうですが、目の当たりにしたのは、母国では「足りない」とされる生活雑貨や食品は、日本には捨てるほどある、という現実でした。「日本は豊かな国だと思いますが、何もかもが必要以上にあって、SDGsの精神には全く反しており、コンビニでも売れ残った食べ物は廃棄されるときき驚いた。日本の豊かさの裏には、不都合な事実がある。だとしたら、日本のようにモノにあふれた生活はしたくないし、すべきではない」とありました。

 この記事にふれて、ハッとしました。昭和30年代頃のまだ貧しいと思われる頃のほうが、違った意味で豊かであったのではないかと気づかされました。

 現在の世界は、気候変動、戦争など不安要素が多くこの日本においてもいつ食料危機が起きてもおかしくありません。そんなときに和食のたどってきた道は現代人にいろいろな知恵を授けてくれるように思います。『和食展』を観ながらこれからどのように和食が発展していくのかだけでなく、綿々と受け継がれてきた知恵を生かす方法も考えていただければと思います。

干し揚げと切り昆布の煮物 お盆に食べる郷土料理で、収穫したばかりのじゃがいもで煮物を作ることに大きな意味があります。

干し揚げと切り昆布の煮物
お盆に食べる郷土料理で、収穫したばかりのじゃがいもで煮物を作ることに大きな意味があります。

からし稲荷 冠婚葬祭時に食された油揚げの煮つけから生まれた名物と考えられます。

からし稲荷
冠婚葬祭時に食された油揚げの煮つけから生まれた名物と考えられます。

Vol.095 あなたの忘れられない和食を教えてください(R6.10.11 文責:須永)

10月5日から始まった、松本市立博物館特別展「和食 ―日本の自然、人々の知恵―」。

その展示の一角に、「あなたの忘れられない和食を教えてください」というコーナーがあります。名前の通り、事前に応募いただいた和食にまつわる思い出をご紹介したり、皆さんの思い出の「和食」を付箋に書いてボードに貼っていただいたり、というコーナーです。

では、担当自身ならどんな和食の名前を書くだろうと考えると、「お年取りに食べる鰤の粕煮」だろうと思います。
松本地方を代表する年取り魚は鰤と鮭とされますが、我が家では、照り焼きではなく、粕煮の鰤が出ます。そして、家族の舌に「大晦日の鰤の味」としてインプットされているのは母方の祖母の作った「鰤の粕煮の味」なのです。

その祖母が年とともに体が不自由になり、台所に立つことが難しくなってしまってから、祖母の娘たち(=担当者の母たち)は、「母の味」をレシピ化し自分たちでも再現するべく、改めて作り方を教えてもらったことがあるそうです。
しかし、そこは家庭料理の難しさというべきでしょうか。「醤油はどれくらい?」「適当でいいだ」、「砂糖は?」「いい感じに」、というような参考になるのかならないのか分からない、祖母の長年の台所経験に基づく目分量の嵐。仕方がないので、祖母が「それくらい」といった量を見て、「これくらいなら大匙〇杯くらいかねえ」「砂糖は大匙△杯ってとこかね」と推測で大体の味付けをしてみることに。

結果はお察しのとおり。鰤の粕煮について言えば、祖母が使っていた鍋を使い、祖母が買っていたお店で鰤を買い、同じ酒粕を使っても「あの味」にはならないのです。しかも毎年味が違う…。
毎年味が違うというところに作り手の試行錯誤が窺えるようではありますが、食べる専門の作り手の子供達(祖母の孫の世代)は、「今年は(鰤が)硬い」だの「今年のは味が薄い気がする」などと好きなことを言い合うのが大晦日の恒例行事となっています。

あと何年か後には、祖母の鰤の粕煮とは少し違った味の鰤の粕煮が、我が家に定着しているのかもしれません。
以上、担当者の「忘れられない和食」について思いつくまま述べさせていただきました。

一口に「和食」と言っても、思い描く和食は本当に様々です。

2013年にユネスコ無形文化遺産に登録された「和食」は、生産から消費までの過程における様々な技能や知識までも含んだ「日本人の伝統的な食文化」のことであり、特定の料理や内容を定義してはいません。

「食」はその土地その土地固有の自然や文化によって長い時間をかけて育まれてきたものであると同時に、様々な社会的な変化の影響を受けながら変容し続けています。

明治時代に海外から日本にもたらされ日本に定着した料理があるように、今は和食として認識されていない海外由来の料理が、日本独自の発展を遂げ、次の世代に和食と認識されていくこともあるでしょう。伝統的な料理であっても、お雑煮を見ても分かるように、同じ名前の料理でもその土地その土地で異なるものもあります。

そんな和食の柔軟さ、幅広さを感じていただけるのが「和食 ―日本の自然、人々の知恵―」です。

本展では、科学的・歴史的、様々な切り口で和食についてご紹介するとともに、ギャラリートークをはじめ、沢山の関連事業も開催予定です。

開催期間中、ぜひ、松本市立博物館へお越しください。

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