今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔6月の短歌〕
昭和39(1964)年10月に行われた
東京オリンピックをテレビ観戦し楽しんだ歌。
アベベ走る群を抜きてはひとり走る
リズムに乗りて静かに速く
歌集『去年の雪』所収
エチオピアのアベベ選手が4年前ローマで開かれたオリンピックに続いてマラソンを制覇し優勝した映像には視聴者のすべてが感動しました。
疲れをみせず、堂々と、しかし軽快に走るアベベ選手の孤高の姿が「アベベ走る」「ひとり走る」の脚韻や、下句の「リズムに乗りて静かに速く」アベベ選手の走り方を讃える言葉のリズムが絶妙な一首。
オリンピックの観戦でもう一首
少女選手易らに泳ぎ勝つにけり気魄は如かずその持つ自信に
(しょうじょせんしゅやすらにおよぎかちにけりきはくはしかずそのもつじしんに)
「気魄」を陵駕するものとして、実力によってもたらされた「自信」をとらえており、空穂の眼力を思わせる短歌になっています。
空穂は当時87歳。青年時代から、文学の諸ジャンルはもちろんですが、スポーツ、芝居、音楽、また社会、政治とさまざまな分野に興味を持ち続け短歌を生み出してきました。
今月の長歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔5月の長歌〕
今月ご紹介するのは窪田空穂の長歌です。
長歌とは短歌と並ぶ和歌の形式の1つであり、5音と7音を3回以上繰り返して最後を7音で締めるのが一般的な型となっており、古くは『古事記』の時代から詠まれています。
空穂は近代歌人としては珍しくたくさんの長歌を詠んでいます。短歌と並ぶ空穂のもう一つの魅力をご覧ください。

長女・ふみ一歳
九つのわが女(め)の童(わらは)、その母の語るをきけば、
第一に尊きものは、かしこしや天皇陛下、
第二には神蔵(かみくら)校長、第三は亀岡先生、
第四はといひたゆたひつ、護国寺の交番の巡査、
第五には我家(わぎへ)の父か、何とはなけれど。
歌集『鏡葉』所収
この長歌は「国民生活」と題された空穂44歳の時の作品です。小学校2年生になる長女、ふみが学校で聞き覚えたであろうことを母に話している様子が詠われています。
尊きものとして、天皇陛下、学校の校長先生、担任の先生の名前が挙げられてゆき、少しの迷いの後、交番の巡査が挙げられます。空穂はいつ自分の名前が出てくるかと思い聞いていたかもしれません。ついぞ名前は挙がらず、空穂は想像として5番目に自身の名前を挙げます。
それでも長女が家庭の外に社会があることを学校を通して知り、関わりを持っていく様子を肯定的に捉えていることが「国民生活」という題からもわかります。
また長歌は最後にそれを要約するように短歌形式の反歌が付くことがあります。
これの世に我家の父にまさるもの
多しと知りきやわが女の童
(これのよに わがやのちちにまさるもの
おおしとしりきや わがめのわらわ)
空穂の歌はありのままの日常生活や人の心の機微を注視し続け、「境涯詠」と呼ばれるようになりますが、時にはこんなユーモラスに詠われることもあります。
今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔4月の短歌〕

茶にまさる物なしといふは我ならず
声そろへ言ふわが舌わが喉
( ちゃにまさる ものなしというは われならず
こえそろえいう わがしたわがのど )
歌集『木草と共に』所収
昭和38年、空穂86歳の作品。「喫茶」と題された3首のなかの第1首です。
空穂は、酒、コーヒー、紅茶は飲まずに、ふだんはもっぱらお茶を飲んでいました。
この歌では、「お茶が最高だ」と言っているのは、「我」ではなくて「舌」や「喉」なのだというのです。あたかも舌や喉が自分から独立して存在しているかのような面白いとらえ方をしています。
・・・なるほど。 私たちが「これはおいしい!」って感じているときも、「舌」や「喉」はもちろんのこと、もしかしたら、「目」や「鼻」そして「耳」もそう言っているのかも知れませんね。
他の2首もご紹介します。
風呂あがり茶を喫(の)みをれば湯ぼてりのややに冷めゆく暫くのよき
良き茶ぞとこころ静かに味へば更に良くして尽くるを惜しむ
歌集『木草と共に』所収
今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔3月の短歌〕

春の土もたげて青むものの芽よ
をさなき物の育つはたのし
(はるのつち もたげてあおむ もののめよ
をさなきものの そだつはたのし)
歌集『丘陵地』所収
「春の土」と題して詠まれた5首の中のひとつ。昭和31年、空穂78歳の作品です。
東京にあった空穂の自宅には小庭があり、その庭の春めいてきたある日の様子が詠われています。冬を越え、土を割って出てくる新芽の姿に純粋に喜び、楽しんでいる空穂が見て取れます。
長野県の自然に囲まれ、農家の子どもとして育ってきた空穂にとって自然とは時に美しく、時に厳しいものでした。
後年、空穂は植物について、「私は若い頃から、地上の大部分を占めていたものは植物で、人間はその植物に寄生しているもののごとく思って来た。これは今から思うと観念的なものであった。老境に入ると、この観念はうすらいで、美観に代って来た。あらゆる植物が皆美しく、生きて、静かにその美を変化させており、深く、測りがたいものを蔵しているように見えて来た。」(『木草と共に』後記)と書いています。
自然に対する畏敬とも言える思いが、年齢を重ねるとともに純粋な愛しみへと変化していく様子は、我々に老いるということへの様々な示唆を与えてくれます。
今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔2月の歌〕
庭の雪けふあたたかき日かげ吸ひ
照りふくらめり出でて踏まむか
(にわのゆき きょうあたたかき ひかげすい
てりふくらめり いでてふまんか)
歌集『冬日ざし』所収
昭和14年の作品。「大雪の後」と題した三首のうちのひとつです。
昨夜までの雪がやんだ朝。庭一面に降り積もった雪に太陽の光が降り注いでいます。空穂には、雪が日の光を吸って、ふんわりと膨らんでいるように感じられました。
空穂は思ったのかも知れません。下駄を履いて、誰の足跡もついていない綺麗な雪を踏んでみたいと・・・。
空穂は雪が好きで、雪の歌も多くあります。空穂64歳、子どものようで心躍る愛らしい歌です。
木木の雪あさ日に解けぬ清くして賑はしきさまわが眼を去らず
南(みんなみ)に向へる室(へや)にわがをれば日に解くる雪の中にかも座る
歌集『冬日ざし』所収
今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔1月の歌〕
柱をば支へとしては妻ひとり
夕べ摺るなり信濃の長芋
(はしらをばささえとしてはつまひとり
ゆうべするなりしなののながいも)
歌集『清明の節』所収
昭和42年(1967)、空穂晩年の作品です。
故郷・信州から送られてきた長芋を、妻の銈子さんがとろろ汁にしています。すり鉢を支えてくれる人がいないので、家の柱を支えにして擂粉木(すりこぎ)を使っています。
とろろ汁は空穂の大好物で、これから故郷の長芋を食べるのだという楽しさが伝わってきます。一方で、寒い冬の夕方の擂粉木の低い音は、どこか寂しくも感じられます。空穂の家では郷里の家の習慣を守って、元日はとろろ汁と決まっていたそうです。
病床にあった空穂は、体力が落ちてきているため、医師や妻から、食べて栄養をとるように言われるのですが、実は本人にはそのことが苦労で、食べることが生きるうえでのたたかいでした。
次の歌では、大好物のとろろ汁を夕食に食べ、いつになく食欲が出てお腹が満たされた喜びを詠っています。
炬燵のうへ膳とはなして芋汁にわが腹のうちはらしめしかな
歌集『清明の節』所収
今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔12月の歌〕

冬空の澄み極まりし青きより
現はれいでて雪の散り来る
(ふゆぞらのすみきわまりしあおきより
あらわれいでてゆきのちりくる)
歌集『泉のほとり』所収
大正6年、空穂40歳の作品。「雪きたる」と題して詠まれた二首のひとつです。
冬の空を仰ぎ見てたたずむ空穂の姿があります。
寒風が吹きつのるにつれて、空はいよいよ青く澄みわたり、遠く深く感じられるようになります。その青い空から雪が舞い降りてくるという珍しい情景を詠んでいます。強い風が遥かかなたの雪雲から雪を運んでくるのですね。青い空も白い雲も清浄な美の極致として見る者を楽しませています。
言葉の調べが心地よく、今年の初雪の日には口ずさんでみたくなるかもしれません。
吹く風のふきのつのりに天つ空いよいよ澄みて遥かなるかな (歌集『泉のほとり』所収)
今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔11月の歌〕

目的を持たぬ読書のたのしさを
老いてまた知る若き日のごと
(もくてきをもたぬどくしょのたのしさを
おいてまたしるわかきひのごと)
歌集『木草と共に』所収
「読書」と題して詠んだ五首のはじめの一首です。
研究で必要であるというような目的があるのではなく、読んでみたいと心惹かれた本を読みながらの心境です。この楽しさは、好奇心が旺盛だった若い頃に、いろいろな本を片っ端から読んで新しい知識を得たときのよろこびにも似ているなぁと想い起こしているようです。
このときの空穂は、歴史の本を読んでいました。一連の歌の中に次の歌があります。
一冊の書(しょ)よりあらはれ遠き代の名ある人びと隣人となる
本から現れて私たちの隣人となってくれるのは歴史上の人物だけではありません。小説の登場人物が、いつしか心の友だちになり、時には相談相手になってくれることもありますね。
「読書の秋」…ことしは誰が私たちの隣人となってくれるのでしょう。
読本(とくほん)の栞にと我がしたりける銀杏の黄葉を娘の拾ふ 「郷愁」
今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔10月の短歌〕

秋日ざし明るき町のこころよし
何れの路に曲りて行かむ
(あきひざしあかるきまちのこころよし
いずれのみちにまがりてゆかん)
歌集『卓上の灯』所収
昭和25年、空穂73歳の作品です。
秋晴れの一日、町中をゆっくり散歩しているときの気分を詠っています。
さわやかな町の空気は心地よく、次はどこの路を行こうかなと、ちょっぴり心を弾ませているようにも感じられます。どこの角で曲がっても、きっとそこにも明るい秋の光があふれ、よいことが待っているかのようです。
高く澄み切った空に、心も晴れ晴れとする季節となりました。
たまのお休みの日に、お家の周りをゆっくり歩いて見たらいかがでしょうか。何気なく入った小路に、いままで気付かなかったような発見があるかも知れませんよ。
唯々、秋色の町を歩き、疲れたら立ち止まり一息つく。そんなひと時をどうぞ。
今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~

鉦鳴らし信濃の国を行き行かば
ありしながらの母見るらむか
( かねならししなののくにをゆきゆかば
ありしながらのははみるらんか )
歌集『まひる野』所収
空穂の第一詩歌集『まひる野』(明治38年刊)に収められている、空穂の代表作のひとつです。
4人兄姉の末っ子であった空穂は母に可愛がられ、空穂も母を慕っていました。しかし、空穂が二十歳の時に亡くなってしまいます。亡き母を恋い慕い、同時に故郷を遠く思いやる歌です。のちに空穂は、この歌を詠んだ時の気持ちを次のように語っています。
「私がもし男の巡礼となり、歩くままにさやかに鳴る鈴を鳴らしつつ、往還路を、どこまでもあるきつづけたならば、あの信心ぶかい母である、必ず私にもまして感動して、生まれかわっての姿をふと私の前に現わして、この眼に見せてくれようか。(中略)哀感に捉われて心幼くなっている私は、真気(むき)になって思ったのである。」(『自歌自釈』)
松本市の城山公園には、この歌碑があり、空穂を偲ぶことができます。昭和29年に松本空穂会の人たちの手によって建立されました。5月2日に行われた除幕式には空穂も招かれ、家族と一緒に出席しています。
信濃なる諸友わが歌碑建てしとぞ五月空晴る行きては謝せむ 歌集『丘陵地』所収
