今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔11月の短歌〕
寒き夜のふけゆくなべにわが机照らす灯かげのいや明らなり
(さむきよの ふけゆくなべに わがつくえ てらすほかげの いやあからなり)
歌集『青水沫』所収
大正9年、空穂43歳の頃に詠まれた歌です。一日の終わり、書斎での様子が詠われています。
当時の空穂は早稲田大学文学部の講師になったばかりで、何かと身辺が忙しい時期でした。書物を読み終えたのか、ペンを置いたのか、やるべきことを終えて眠らなくてはならないと思う時、机の上を照らす電燈の光がそれまでは気づかなかったように明るく感じられたことが詠まれています。机に向かって集中していた緊張から解放された時の快さ、眠ることが惜しまれるような様子です。
空穂が早稲田大学へ就任したのは、それまで行ってきた古典研究が評価されてのことでしたが、当初アカデミックなキャリアに興味のなかった空穂は講師を不適任で辞すべきだと考えていました。しかし空穂の受け持つ国文科が創設間もなく人材不足であったり、また多くの大学の国文科が外国語学科の付録的な存在だった実情を見て、引き受けるに至りました。
定年となる70歳まで、空穂の長い早稲田生活の始まりでした。
「老学徒の心を持って、学生と一緒に勉強しよう、そして、繋ぎの役を果たそう」
『我が文学体験』より