今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~

〔2月の歌〕
生家雪景色4

  庭の雪けふあたたかき日かげ吸ひ

      照りふくらめり出でて踏まむか

  (にわのゆき きょうあたたかき ひかげすい
        てりふくらめり いでてふまんか)

                 歌集『冬日ざし』所収

 

 昭和14年の作品。「大雪の後」と題した三首のうちのひとつです。
 昨夜までの雪がやんだ朝。庭一面に降り積もった雪に太陽の光が降り注いでいます。空穂には、雪が日の光を吸って、ふんわりと膨らんでいるように感じられました。

 空穂は思ったのかも知れません。下駄を履いて、誰の足跡もついていない綺麗な雪を踏んでみたいと・・・。
 空穂は雪が好きで、雪の歌も多くあります。空穂64歳、子どものようで心躍る愛らしい歌です。

    木木の雪あさ日に解けぬ清くして賑はしきさまわが眼を去らず

    南(みんなみ)に向へる室(へや)にわがをれば日に解くる雪の中にかも座る

                                          歌集『冬日ざし』所収

 

今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~

 〔1月の歌〕

 

空穂とけい子夫人 柱をば支へとしては妻ひとり

        夕べ摺るなり信濃の長芋

 (はしらをばささえとしてはつまひとり
       ゆうべするなりしなののながいも)

               歌集『清明の節』所収

 

 昭和42年(1967)、空穂晩年の作品です。
 故郷・信州から送られてきた長芋を、妻の銈子さんがとろろ汁にしています。すり鉢を支えてくれる人がいないので、家の柱を支えにして擂粉木(すりこぎ)を使っています。
 とろろ汁は空穂の大好物で、これから故郷の長芋を食べるのだという楽しさが伝わってきます。一方で、寒い冬の夕方の擂粉木の低い音は、どこか寂しくも感じられます。空穂の家では郷里の家の習慣を守って、元日はとろろ汁と決まっていたそうです。
 病床にあった空穂は、体力が落ちてきているため、医師や妻から、食べて栄養をとるように言われるのですが、実は本人にはそのことが苦労で、食べることが生きるうえでのたたかいでした。
 次の歌では、大好物のとろろ汁を夕食に食べ、いつになく食欲が出てお腹が満たされた喜びを詠っています。

  炬燵のうへ膳とはなして芋汁にわが腹のうちはらしめしかな    
                                          歌集『清明の節』所収

今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~

 〔12月の歌〕


冬の木立1

  冬空の澄み極まりし青きより

           現はれいでて雪の散り来る

  (ふゆぞらのすみきわまりしあおきより
           あらわれいでてゆきのちりくる)

                  歌集『泉のほとり』所収

 

大正6年、空穂40歳の作品。「雪きたる」と題して詠まれた二首のひとつです。

冬の空を仰ぎ見てたたずむ空穂の姿があります。
寒風が吹きつのるにつれて、空はいよいよ青く澄みわたり、遠く深く感じられるようになります。その青い空から雪が舞い降りてくるという珍しい情景を詠んでいます。強い風が遥かかなたの雪雲から雪を運んでくるのですね。青い空も白い雲も清浄な美の極致として見る者を楽しませています。
言葉の調べが心地よく、今年の初雪の日には口ずさんでみたくなるかもしれません。

  吹く風のふきのつのりに天つ空いよいよ澄みて遥かなるかな   (歌集『泉のほとり』所収)

 

 

 

令和2年度 「窪田空穂記念館運営委員会」中止のお知らせ

11月に計画しておりました令和2年度窪田空穂記念館運営委員会は、新型コロナウィルス感染拡大防止のため、中止いたします。

「百人一首教室」中止のお知らせ

新型コロナウィルス感染拡大防止のため、本年度計画していました「百人一首教室」を中止いたします。楽しみにされていた皆様には、たいへん申し訳ございません。なにとぞ、ご理解を賜りますようお願い申し上げます。

中止するイベント

 ◇ 窪田空穂生家こども教室「百人一首教室」 : 12月,1月(全4回)

 

今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~

〔11月の歌〕

 

縁側で読書

目的を持たぬ読書のたのしさを

  老いてまた知る若き日のごと

(もくてきをもたぬどくしょのたのしさを
       おいてまたしるわかきひのごと)

             歌集『木草と共に』所収

 

「読書」と題して詠んだ五首のはじめの一首です。
研究で必要であるというような目的があるのではなく、読んでみたいと心惹かれた本を読みながらの心境です。この楽しさは、好奇心が旺盛だった若い頃に、いろいろな本を片っ端から読んで新しい知識を得たときのよろこびにも似ているなぁと想い起こしているようです。
このときの空穂は、歴史の本を読んでいました。一連の歌の中に次の歌があります。

  一冊の書(しょ)よりあらはれ遠き代の名ある人びと隣人となる

本から現れて私たちの隣人となってくれるのは歴史上の人物だけではありません。小説の登場人物が、いつしか心の友だちになり、時には相談相手になってくれることもありますね。
「読書の秋」…ことしは誰が私たちの隣人となってくれるのでしょう。

  読本(とくほん)の栞にと我がしたりける銀杏の黄葉を娘の拾ふ    「郷愁

 

今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~

 〔10月の短歌〕

 

街角

 秋日ざし明るき町のこころよし  

      何れの路に曲りて行かむ

 (あきひざしあかるきまちのこころよし
         いずれのみちにまがりてゆかん)

              歌集『卓上の灯』所収

 

昭和25年、空穂73歳の作品です。
秋晴れの一日、町中をゆっくり散歩しているときの気分を詠っています。
さわやかな町の空気は心地よく、次はどこの路を行こうかなと、ちょっぴり心を弾ませているようにも感じられます。どこの角で曲がっても、きっとそこにも明るい秋の光があふれ、よいことが待っているかのようです。

高く澄み切った空に、心も晴れ晴れとする季節となりました。
たまのお休みの日に、お家の周りをゆっくり歩いて見たらいかがでしょうか。何気なく入った小路に、いままで気付かなかったような発見があるかも知れませんよ。
唯々、秋色の町を歩き、疲れたら立ち止まり一息つく。そんなひと時をどうぞ。

企画展「ふるさと松本をうたう」開催しています(9月12日~11月23日)

ふるさと松本をうたう

文学に憧れ、若くしてふるさとを離れた窪田空穂。生家(イラスト)
その作品には、ふるさとの情景や父母への思いを詠ったものが多いことで知られています。
空穂が詠んだ歌をとおして、空穂の ❛ふるさと❜ に触れてみたいと思います。
併せて、空穂の生地・和田(松本市和田)にゆかりのある歌人・俳人についてもご紹介します。


会 期: 令和2年9月12日(土)~11月23日(月・祝)
        ※月曜日休館(月曜日が休日の場合はその翌日)

開 館: 午前9時~午後5時まで(入館は午後4時30分まで)

会 場: 窪田空穂記念館 会議室

観覧料: 通常観覧料 大人310円 中学生以下無料

 

企画展記念講演会 『 風土と短歌-空穂を中心に- 』

講 師: 今井 恵子 氏 (歌人/歌誌「まひる野」編集委員)

日 時: 令和2年10月24日(土) 午後1時30分~午後3時

会 場: 窪田空穂生家(窪田空穂記念館向かい)

定 員: 30名

料 金: 無料

申込み: 電話で窪田空穂記念館へ 【10月6日(火)より受付開始】
     ☎ 0263-48-3440

「バス見学会」の中止のお知らせ

新型コロナウィルス感染拡大防止のため、今年度計画しておりました「バス見学会」を中止いたします。

中止イベント

◇ 窪田空穂記念館「バス見学会」 : 10月 7日(水)


 

今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~

鉦ならし(碑).jpg

 

 鉦鳴らし信濃の国を行き行かば

       ありしながらの母見るらむか

 ( かねならししなののくにをゆきゆかば
                                   ありしながらのははみるらんか )

                                               歌集『まひる野』所収

 
 空穂の第一詩歌集『まひる野』(明治38年刊)に収められている、空穂の代表作のひとつです。
 4人兄姉の末っ子であった空穂は母に可愛がられ、空穂も母を慕っていました。しかし、空穂が二十歳の時に亡くなってしまいます。亡き母を恋い慕い、同時に故郷を遠く思いやる歌です。のちに空穂は、この歌を詠んだ時の気持ちを次のように語っています。
「私がもし男の巡礼となり、歩くままにさやかに鳴る鈴を鳴らしつつ、往還路を、どこまでもあるきつづけたならば、あの信心ぶかい母である、必ず私にもまして感動して、生まれかわっての姿をふと私の前に現わして、この眼に見せてくれようか。(中略)哀感に捉われて心幼くなっている私は、真気(むき)になって思ったのである。」(『自歌自釈』)

 松本市の城山公園には、この歌碑があり、空穂を偲ぶことができます。昭和29年に松本空穂会の人たちの手によって建立されました。5月2日に行われた除幕式には空穂も招かれ、家族と一緒に出席しています。

 信濃なる諸友わが歌碑建てしとぞ五月空晴る行きては謝せむ    歌集『丘陵地』所収