今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~

 〔3月の短歌〕

福寿草

  
  春の土もたげて青むものの芽よ

       をさなき物の育つはたのし

 (はるのつち もたげてあおむ もののめよ
          をさなきものの そだつはたのし)

                 歌集『丘陵地』所収

 

 「春の土」と題して詠まれた5首の中のひとつ。昭和31年、空穂78歳の作品です。
 東京にあった空穂の自宅には小庭があり、その庭の春めいてきたある日の様子が詠われています。冬を越え、土を割って出てくる新芽の姿に純粋に喜び、楽しんでいる空穂が見て取れます。
 長野県の自然に囲まれ、農家の子どもとして育ってきた空穂にとって自然とは時に美しく、時に厳しいものでした。
 後年、空穂は植物について、「私は若い頃から、地上の大部分を占めていたものは植物で、人間はその植物に寄生しているもののごとく思って来た。これは今から思うと観念的なものであった。老境に入ると、この観念はうすらいで、美観に代って来た。あらゆる植物が皆美しく、生きて、静かにその美を変化させており、深く、測りがたいものを蔵しているように見えて来た。」(『木草と共に』後記)と書いています。
 自然に対する畏敬とも言える思いが、年齢を重ねるとともに純粋な愛しみへと変化していく様子は、我々に老いるということへの様々な示唆を与えてくれます。