今月の長歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔5月の長歌〕
今月ご紹介するのは窪田空穂の長歌です。
長歌とは短歌と並ぶ和歌の形式の1つであり、5音と7音を3回以上繰り返して最後を7音で締めるのが一般的な型となっており、古くは『古事記』の時代から詠まれています。
空穂は近代歌人としては珍しくたくさんの長歌を詠んでいます。短歌と並ぶ空穂のもう一つの魅力をご覧ください。
![01-28+](https://matsu-haku.com/kubota/wp-content/uploads/sites/5/2021/05/01-28-.jpg)
長女・ふみ一歳
九つのわが女(め)の童(わらは)、その母の語るをきけば、
第一に尊きものは、かしこしや天皇陛下、
第二には神蔵(かみくら)校長、第三は亀岡先生、
第四はといひたゆたひつ、護国寺の交番の巡査、
第五には我家(わぎへ)の父か、何とはなけれど。
歌集『鏡葉』所収
この長歌は「国民生活」と題された空穂44歳の時の作品です。小学校2年生になる長女、ふみが学校で聞き覚えたであろうことを母に話している様子が詠われています。
尊きものとして、天皇陛下、学校の校長先生、担任の先生の名前が挙げられてゆき、少しの迷いの後、交番の巡査が挙げられます。空穂はいつ自分の名前が出てくるかと思い聞いていたかもしれません。ついぞ名前は挙がらず、空穂は想像として5番目に自身の名前を挙げます。
それでも長女が家庭の外に社会があることを学校を通して知り、関わりを持っていく様子を肯定的に捉えていることが「国民生活」という題からもわかります。
また長歌は最後にそれを要約するように短歌形式の反歌が付くことがあります。
これの世に我家の父にまさるもの
多しと知りきやわが女の童
(これのよに わがやのちちにまさるもの
おおしとしりきや わがめのわらわ)
空穂の歌はありのままの日常生活や人の心の機微を注視し続け、「境涯詠」と呼ばれるようになりますが、時にはこんなユーモラスに詠われることもあります。
今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔4月の短歌〕
茶にまさる物なしといふは我ならず
声そろへ言ふわが舌わが喉
( ちゃにまさる ものなしというは われならず
こえそろえいう わがしたわがのど )
歌集『木草と共に』所収
昭和38年、空穂86歳の作品。「喫茶」と題された3首のなかの第1首です。
空穂は、酒、コーヒー、紅茶は飲まずに、ふだんはもっぱらお茶を飲んでいました。
この歌では、「お茶が最高だ」と言っているのは、「我」ではなくて「舌」や「喉」なのだというのです。あたかも舌や喉が自分から独立して存在しているかのような面白いとらえ方をしています。
・・・なるほど。 私たちが「これはおいしい!」って感じているときも、「舌」や「喉」はもちろんのこと、もしかしたら、「目」や「鼻」そして「耳」もそう言っているのかも知れませんね。
他の2首もご紹介します。
風呂あがり茶を喫(の)みをれば湯ぼてりのややに冷めゆく暫くのよき
良き茶ぞとこころ静かに味へば更に良くして尽くるを惜しむ
歌集『木草と共に』所収
令和3年度 短歌講座のご案内
思いが伝わる短歌の表現を空穂生家で学びませんか。
現代歌壇でご活躍の先生方に皆さんの作品に込められた言葉の魅力をお話ししていただきます。
初心者の方もお気軽にご参加ください。
開催スケジュール
〔第1回〕 6月 5日 (土) 講師:三枝 浩樹 先生 (「沃野」代表 )
〔第2回〕 7月10日 (土) 講師:米川千嘉子 先生 (「かりん」編集委員 )
〔第3回〕 9月11日 (土) 講師:内藤 明 先生 (「音」編集発行人 )
〔第4回〕 10月10日 (日) 講師:大下 一真 先生 (「まひる野」編集発行人 )
《 時 間 》 各回とも 午後1時40分 ~ 3時50分
会 場
窪田空穂生家 *窪田空穂記念館向かい
受講料
1講座につき 1,000円
申込み ※ 受付:4月6日(火)~
〇申込書は下記よりダウンロードすることができます。 郵送をご希望の方は窪田空穂記念館まで
お問い合わせください。
令和3年度短歌講座申込書
〇申込書に必要事項をご記入の上、受講料分の定額小為替または現金書留と一緒に窪田空穂記念館
へお送りください。記念館の窓口でも受け付けます。
〇納入された受講料は、原則としてお返しできません。
講座の持ち方について
〇受付後に「投稿用はがき」を受講回数分まとめてお送りします。 投稿歌をご記入の上、各回の
締切日(受講票に記載)までにご返送ください。1講座につき1人1首とします。 講座当日に
先生から1首ずつ講評していただきます。
〇コロナウィルス感染症への対応について
⑴ 感染が収束し、緊急事態宣言等の要請が解除された場合
○感染防止策を徹底したうえで、予定通り窪田空穂生家での講座を開催します。
⑵ 感染拡大が収まらず、会場での実施が困難と判断された場合
①会場での講座を中止する旨、電話とはがきで受講予定者にお知らせします。
②投稿歌は、投稿締切日までにお出しください。
③講師の先生から各投稿歌に寸評を書いていただき、全員分をまとめて講座資料とし受講者に
お送りします。
④受講料の返金はありません。
問い合わせ
窪田空穂記念館
電話:0263-48-3440
FAX:0263-48-4287
e-mail:utsubo@city.matsumoto.lg.jp
「松本の子どもの短歌・2020」作品展を開催しています(3月13日~4月11日)
窪田空穂記念館では、毎年、松本市内の小・中学生から短歌を募集し「松本の子どもの短歌(うた)」を開催しています。
18回目を迎えた今年度は、全体で4,674首の応募があり、その中から最優秀賞4首、優秀賞20首、空穂会賞212首が選ばれました。作品展では、入賞した236首の作品を紹介しています。
〔会 期〕 3月13日 (土)~ 4月11日 (日)
〔会 場〕 窪田空穂記念館・会議室
〔観覧料〕 通常観覧料 (作品展のみ観覧は無料)
今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔3月の短歌〕
春の土もたげて青むものの芽よ
をさなき物の育つはたのし
(はるのつち もたげてあおむ もののめよ
をさなきものの そだつはたのし)
歌集『丘陵地』所収
「春の土」と題して詠まれた5首の中のひとつ。昭和31年、空穂78歳の作品です。
東京にあった空穂の自宅には小庭があり、その庭の春めいてきたある日の様子が詠われています。冬を越え、土を割って出てくる新芽の姿に純粋に喜び、楽しんでいる空穂が見て取れます。
長野県の自然に囲まれ、農家の子どもとして育ってきた空穂にとって自然とは時に美しく、時に厳しいものでした。
後年、空穂は植物について、「私は若い頃から、地上の大部分を占めていたものは植物で、人間はその植物に寄生しているもののごとく思って来た。これは今から思うと観念的なものであった。老境に入ると、この観念はうすらいで、美観に代って来た。あらゆる植物が皆美しく、生きて、静かにその美を変化させており、深く、測りがたいものを蔵しているように見えて来た。」(『木草と共に』後記)と書いています。
自然に対する畏敬とも言える思いが、年齢を重ねるとともに純粋な愛しみへと変化していく様子は、我々に老いるということへの様々な示唆を与えてくれます。
冬季文化講座「冬日ざし」中止のお知らせ
新型コロナウィルス感染拡大防止のため、2月に予定していました冬季文化講座「冬日ざし」の開催を中止いたします。
楽しみにされていた皆さまには申し訳ありませんが、なにとぞご理解を賜りますようお願い申し上げます。
中止するイベント
◇冬季文化講座「冬日ざし」 : 2月(全4回)
今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔2月の歌〕
庭の雪けふあたたかき日かげ吸ひ
照りふくらめり出でて踏まむか
(にわのゆき きょうあたたかき ひかげすい
てりふくらめり いでてふまんか)
歌集『冬日ざし』所収
昭和14年の作品。「大雪の後」と題した三首のうちのひとつです。
昨夜までの雪がやんだ朝。庭一面に降り積もった雪に太陽の光が降り注いでいます。空穂には、雪が日の光を吸って、ふんわりと膨らんでいるように感じられました。
空穂は思ったのかも知れません。下駄を履いて、誰の足跡もついていない綺麗な雪を踏んでみたいと・・・。
空穂は雪が好きで、雪の歌も多くあります。空穂64歳、子どものようで心躍る愛らしい歌です。
木木の雪あさ日に解けぬ清くして賑はしきさまわが眼を去らず
南(みんなみ)に向へる室(へや)にわがをれば日に解くる雪の中にかも座る
歌集『冬日ざし』所収
今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔1月の歌〕
柱をば支へとしては妻ひとり
夕べ摺るなり信濃の長芋
(はしらをばささえとしてはつまひとり
ゆうべするなりしなののながいも)
歌集『清明の節』所収
昭和42年(1967)、空穂晩年の作品です。
故郷・信州から送られてきた長芋を、妻の銈子さんがとろろ汁にしています。すり鉢を支えてくれる人がいないので、家の柱を支えにして擂粉木(すりこぎ)を使っています。
とろろ汁は空穂の大好物で、これから故郷の長芋を食べるのだという楽しさが伝わってきます。一方で、寒い冬の夕方の擂粉木の低い音は、どこか寂しくも感じられます。空穂の家では郷里の家の習慣を守って、元日はとろろ汁と決まっていたそうです。
病床にあった空穂は、体力が落ちてきているため、医師や妻から、食べて栄養をとるように言われるのですが、実は本人にはそのことが苦労で、食べることが生きるうえでのたたかいでした。
次の歌では、大好物のとろろ汁を夕食に食べ、いつになく食欲が出てお腹が満たされた喜びを詠っています。
炬燵のうへ膳とはなして芋汁にわが腹のうちはらしめしかな
歌集『清明の節』所収
今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔12月の歌〕
冬空の澄み極まりし青きより
現はれいでて雪の散り来る
(ふゆぞらのすみきわまりしあおきより
あらわれいでてゆきのちりくる)
歌集『泉のほとり』所収
大正6年、空穂40歳の作品。「雪きたる」と題して詠まれた二首のひとつです。
冬の空を仰ぎ見てたたずむ空穂の姿があります。
寒風が吹きつのるにつれて、空はいよいよ青く澄みわたり、遠く深く感じられるようになります。その青い空から雪が舞い降りてくるという珍しい情景を詠んでいます。強い風が遥かかなたの雪雲から雪を運んでくるのですね。青い空も白い雲も清浄な美の極致として見る者を楽しませています。
言葉の調べが心地よく、今年の初雪の日には口ずさんでみたくなるかもしれません。
吹く風のふきのつのりに天つ空いよいよ澄みて遥かなるかな (歌集『泉のほとり』所収)
令和2年度 「窪田空穂記念館運営委員会」中止のお知らせ
11月に計画しておりました令和2年度窪田空穂記念館運営委員会は、新型コロナウィルス感染拡大防止のため、中止いたします。