今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔7月の短歌〕
空穂の代表的な作品の一つです。亡き妻の子どもを思う切実な気持ちが伝わってくる作品です。そして、とても美しい情景が浮かび上がってくる作品です。
其子等に捕へられむと母が魂蛍と成りて夜を来たるらし
( そのこらに とらえられんと ははがたま ほたるとなりて よをきたるらし )
歌集『土を眺めて』所収
この歌は第7歌集「土を眺めて」に納められています。この歌集は、若くして亡くなった妻、藤野への挽歌集で、長歌18首を含み、妻への思い、残された二人の子との生活が詠われています。二人の幼い子を残して亡くなった藤野は無念の思いでいっぱいだったと思います。その無念の思いが蛍となって子どもたちの前にあらわれたのだと空穂は感じ取っています。子どもたちに私を捕まえてほしいという妻の思いを感じながら蛍を追う空穂の切ない気持ちが伝わってきます。
毎年、松本市中央図書館前の大門沢という小さな川に、わずかですが、蛍が静かに現れます。暗闇にスローモーションのように点滅する青白い光を見ると、この歌を思いだします。
なお、掲出歌の前には次のような一首が置かれています。
蛍来と見やる田の面は星の居る遙けき空に続きたりけり
( ほたること みやるたのもは ほしのゐる はるけきそらに つづきたりけり )
空穂は、子どもとともに亡き妻の化身である蛍を迎えることによって、亡妻の鎮魂を果たすことができたのではないでしょうか。
今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔6月の短歌〕
昭和39(1964)年10月に行われた
東京オリンピックをテレビ観戦し楽しんだ歌。
アベベ走る群を抜きてはひとり走る
リズムに乗りて静かに速く
歌集『去年の雪』所収
エチオピアのアベベ選手が4年前ローマで開かれたオリンピックに続いてマラソンを制覇し優勝した映像には視聴者のすべてが感動しました。
疲れをみせず、堂々と、しかし軽快に走るアベベ選手の孤高の姿が「アベベ走る」「ひとり走る」の脚韻や、下句の「リズムに乗りて静かに速く」アベベ選手の走り方を讃える言葉のリズムが絶妙な一首。
オリンピックの観戦でもう一首
少女選手易らに泳ぎ勝つにけり気魄は如かずその持つ自信に
(しょうじょせんしゅやすらにおよぎかちにけりきはくはしかずそのもつじしんに)
「気魄」を陵駕するものとして、実力によってもたらされた「自信」をとらえており、空穂の眼力を思わせる短歌になっています。
空穂は当時87歳。青年時代から、文学の諸ジャンルはもちろんですが、スポーツ、芝居、音楽、また社会、政治とさまざまな分野に興味を持ち続け短歌を生み出してきました。
令和3年度 空穂生家子ども教室「囲碁教室」を開催します
窪田空穂の生家で囲碁教室を開催します。
入門コースは囲碁が初めてという方も気軽にご参加いただけます!
実力養成コースはプロ棋士から囲碁の手ほどきを受けるチャンスです!
囲碁の面白さを味わってみましょう。
日時
6月13日(日)
午前の部 (10時~12時):入門コース
午後の部 (13時~15時半):実力養成コース(大人も参加可)
会場
窪田空穂生家(窪田空穂記念館向かい)
参加料
無料
講師
大澤健朗三段
申込み
電話で窪田空穂記念館まで
※コロナ対策のため、前日までの受付をお願いいたします。
TEL:0263-48-3440 FAX:0263-48-4287
〒390-1242 松本市和田1715-1
●コロナ対策のお願い
・感染状況によっては囲碁教室を中止する場合がございます。
・マスク着用の徹底をお願いいたします。
・生家入り口で検温、手の消毒を行いますが,熱がある場合は参加をお断りさせていただく場合がございます。
・ご自宅を出る際にも検温をお願いいたします。
今月の長歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔5月の長歌〕
今月ご紹介するのは窪田空穂の長歌です。
長歌とは短歌と並ぶ和歌の形式の1つであり、5音と7音を3回以上繰り返して最後を7音で締めるのが一般的な型となっており、古くは『古事記』の時代から詠まれています。
空穂は近代歌人としては珍しくたくさんの長歌を詠んでいます。短歌と並ぶ空穂のもう一つの魅力をご覧ください。
九つのわが女(め)の童(わらは)、その母の語るをきけば、
第一に尊きものは、かしこしや天皇陛下、
第二には神蔵(かみくら)校長、第三は亀岡先生、
第四はといひたゆたひつ、護国寺の交番の巡査、
第五には我家(わぎへ)の父か、何とはなけれど。
歌集『鏡葉』所収
この長歌は「国民生活」と題された空穂44歳の時の作品です。小学校2年生になる長女、ふみが学校で聞き覚えたであろうことを母に話している様子が詠われています。
尊きものとして、天皇陛下、学校の校長先生、担任の先生の名前が挙げられてゆき、少しの迷いの後、交番の巡査が挙げられます。空穂はいつ自分の名前が出てくるかと思い聞いていたかもしれません。ついぞ名前は挙がらず、空穂は想像として5番目に自身の名前を挙げます。
それでも長女が家庭の外に社会があることを学校を通して知り、関わりを持っていく様子を肯定的に捉えていることが「国民生活」という題からもわかります。
また長歌は最後にそれを要約するように短歌形式の反歌が付くことがあります。
これの世に我家の父にまさるもの
多しと知りきやわが女の童
(これのよに わがやのちちにまさるもの
おおしとしりきや わがめのわらわ)
空穂の歌はありのままの日常生活や人の心の機微を注視し続け、「境涯詠」と呼ばれるようになりますが、時にはこんなユーモラスに詠われることもあります。
今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔4月の短歌〕
茶にまさる物なしといふは我ならず
声そろへ言ふわが舌わが喉
( ちゃにまさる ものなしというは われならず
こえそろえいう わがしたわがのど )
歌集『木草と共に』所収
昭和38年、空穂86歳の作品。「喫茶」と題された3首のなかの第1首です。
空穂は、酒、コーヒー、紅茶は飲まずに、ふだんはもっぱらお茶を飲んでいました。
この歌では、「お茶が最高だ」と言っているのは、「我」ではなくて「舌」や「喉」なのだというのです。あたかも舌や喉が自分から独立して存在しているかのような面白いとらえ方をしています。
・・・なるほど。 私たちが「これはおいしい!」って感じているときも、「舌」や「喉」はもちろんのこと、もしかしたら、「目」や「鼻」そして「耳」もそう言っているのかも知れませんね。
他の2首もご紹介します。
風呂あがり茶を喫(の)みをれば湯ぼてりのややに冷めゆく暫くのよき
良き茶ぞとこころ静かに味へば更に良くして尽くるを惜しむ
歌集『木草と共に』所収
令和3年度 短歌講座のご案内
思いが伝わる短歌の表現を空穂生家で学びませんか。
現代歌壇でご活躍の先生方に皆さんの作品に込められた言葉の魅力をお話ししていただきます。
初心者の方もお気軽にご参加ください。
開催スケジュール
〔第1回〕 6月 5日 (土) 講師:三枝 浩樹 先生 (「沃野」代表 )
〔第2回〕 7月10日 (土) 講師:米川千嘉子 先生 (「かりん」編集委員 )
〔第3回〕 9月11日 (土) 講師:内藤 明 先生 (「音」編集発行人 )
〔第4回〕 10月10日 (日) 講師:大下 一真 先生 (「まひる野」編集発行人 )
《 時 間 》 各回とも 午後1時40分 ~ 3時50分
会 場
窪田空穂生家 *窪田空穂記念館向かい
受講料
1講座につき 1,000円
申込み ※ 受付:4月6日(火)~
〇申込書は下記よりダウンロードすることができます。 郵送をご希望の方は窪田空穂記念館まで
お問い合わせください。
令和3年度短歌講座申込書
〇申込書に必要事項をご記入の上、受講料分の定額小為替または現金書留と一緒に窪田空穂記念館
へお送りください。記念館の窓口でも受け付けます。
〇納入された受講料は、原則としてお返しできません。
講座の持ち方について
〇受付後に「投稿用はがき」を受講回数分まとめてお送りします。 投稿歌をご記入の上、各回の
締切日(受講票に記載)までにご返送ください。1講座につき1人1首とします。 講座当日に
先生から1首ずつ講評していただきます。
〇コロナウィルス感染症への対応について
⑴ 感染が収束し、緊急事態宣言等の要請が解除された場合
○感染防止策を徹底したうえで、予定通り窪田空穂生家での講座を開催します。
⑵ 感染拡大が収まらず、会場での実施が困難と判断された場合
①会場での講座を中止する旨、電話とはがきで受講予定者にお知らせします。
②投稿歌は、投稿締切日までにお出しください。
③講師の先生から各投稿歌に寸評を書いていただき、全員分をまとめて講座資料とし受講者に
お送りします。
④受講料の返金はありません。
問い合わせ
窪田空穂記念館
電話:0263-48-3440
FAX:0263-48-4287
e-mail:utsubo@city.matsumoto.lg.jp
「松本の子どもの短歌・2020」作品展を開催しています(3月13日~4月11日)
窪田空穂記念館では、毎年、松本市内の小・中学生から短歌を募集し「松本の子どもの短歌(うた)」を開催しています。
18回目を迎えた今年度は、全体で4,674首の応募があり、その中から最優秀賞4首、優秀賞20首、空穂会賞212首が選ばれました。作品展では、入賞した236首の作品を紹介しています。
〔会 期〕 3月13日 (土)~ 4月11日 (日)
〔会 場〕 窪田空穂記念館・会議室
〔観覧料〕 通常観覧料 (作品展のみ観覧は無料)
今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔3月の短歌〕
春の土もたげて青むものの芽よ
をさなき物の育つはたのし
(はるのつち もたげてあおむ もののめよ
をさなきものの そだつはたのし)
歌集『丘陵地』所収
「春の土」と題して詠まれた5首の中のひとつ。昭和31年、空穂78歳の作品です。
東京にあった空穂の自宅には小庭があり、その庭の春めいてきたある日の様子が詠われています。冬を越え、土を割って出てくる新芽の姿に純粋に喜び、楽しんでいる空穂が見て取れます。
長野県の自然に囲まれ、農家の子どもとして育ってきた空穂にとって自然とは時に美しく、時に厳しいものでした。
後年、空穂は植物について、「私は若い頃から、地上の大部分を占めていたものは植物で、人間はその植物に寄生しているもののごとく思って来た。これは今から思うと観念的なものであった。老境に入ると、この観念はうすらいで、美観に代って来た。あらゆる植物が皆美しく、生きて、静かにその美を変化させており、深く、測りがたいものを蔵しているように見えて来た。」(『木草と共に』後記)と書いています。
自然に対する畏敬とも言える思いが、年齢を重ねるとともに純粋な愛しみへと変化していく様子は、我々に老いるということへの様々な示唆を与えてくれます。
冬季文化講座「冬日ざし」中止のお知らせ
新型コロナウィルス感染拡大防止のため、2月に予定していました冬季文化講座「冬日ざし」の開催を中止いたします。
楽しみにされていた皆さまには申し訳ありませんが、なにとぞご理解を賜りますようお願い申し上げます。
中止するイベント
◇冬季文化講座「冬日ざし」 : 2月(全4回)
今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~
〔2月の歌〕
庭の雪けふあたたかき日かげ吸ひ
照りふくらめり出でて踏まむか
(にわのゆき きょうあたたかき ひかげすい
てりふくらめり いでてふまんか)
歌集『冬日ざし』所収
昭和14年の作品。「大雪の後」と題した三首のうちのひとつです。
昨夜までの雪がやんだ朝。庭一面に降り積もった雪に太陽の光が降り注いでいます。空穂には、雪が日の光を吸って、ふんわりと膨らんでいるように感じられました。
空穂は思ったのかも知れません。下駄を履いて、誰の足跡もついていない綺麗な雪を踏んでみたいと・・・。
空穂は雪が好きで、雪の歌も多くあります。空穂64歳、子どものようで心躍る愛らしい歌です。
木木の雪あさ日に解けぬ清くして賑はしきさまわが眼を去らず
南(みんなみ)に向へる室(へや)にわがをれば日に解くる雪の中にかも座る
歌集『冬日ざし』所収