今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~

〔8月の短歌〕

いささかの残る学徒と老いし師と02-056

            書に目を凝らし戦に触れず

(いささかの のこるがくとと おいししと

               しょにめをこらしいくさにふれず)

                      歌集『冬木原』所蔵

 1943年、空穂68歳の時に詠まれた歌です。早稲田大学教授となってから17年が経っていました。
 当時は太平洋戦争の只中にありました。この年に実施された学徒出陣に伴い大学からも多くの生徒が徴兵される中、教室に残るのは出征をしない虚弱な学生、いつ招集が来るとも知れない学生、そして老齢の空穂自身もまた残された者の一人でした。学徒たちの重苦しい緊張感、口に出せない厭戦的な雰囲気が記録されています。

 「私は心の遣り場を失ひ、古典の注釈に没頭し始めた(注略)静かに別れを告げて戦線に立ち去った幾多の若い学徒のおもかげを思ひ浮かべ、彼らに代つて勉強しようと思ふことによって、心を鎮め励まして日夜をそのことに努めた」。
                                      歌集『冬木原』後記より

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 空穂はこうした戦時下の中で5年の月日をかけ『万葉集評釈』を完成させます。過酷な状況にあっても自身に出来ることを課し、為すべきことをなす。空穂の人柄が伺えます。

 

 最後にご紹介するのは1945年8月15日に詠われた短歌です。日本が終戦を迎えた日、昭和天皇による日本の降伏を伝えるラジオ放送が全国に流れた時、空穂もまたそれを聞いていました。複雑な思いが率直に表されています。

わがこころ泥のごとくになり果てて

            在るにあられず身をよこたへぬ

(わがこころ どろのごとくに なりはてて

                 あるにあられず みをよこたえぬ)

                                  歌集『冬木原』所蔵