今月の長歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~

〔5月の長歌〕

 今月ご紹介するのは窪田空穂の長歌です。
 長歌とは短歌と並ぶ和歌の形式の1つであり、5音と7音を3回以上繰り返して最後を7音で締めるのが一般的な型となっており、古くは『古事記』の時代から詠まれています。
 空穂は近代歌人としては珍しくたくさんの長歌を詠んでいます。短歌と並ぶ空穂のもう一つの魅力をご覧ください。

 
01-28+

長女・ふみ一歳

九つのわが女(め)の童(わらは)、その母の語るをきけば、

第一に尊きものは、かしこしや天皇陛下、

第二には神蔵(かみくら)校長、第三は亀岡先生、

第四はといひたゆたひつ、護国寺の交番の巡査、

第五には我家(わぎへ)の父か、何とはなけれど。

歌集『鏡葉』所収    

 この長歌は「国民生活」と題された空穂44歳の時の作品です。小学校2年生になる長女、ふみが学校で聞き覚えたであろうことを母の藤野に話している様子が詠われています。
 尊きものとして、天皇陛下、学校の校長先生、担任の先生の名前が挙げられてゆき、少しの迷いの後、交番の巡査が挙げられます。空穂はいつ自分の名前が出てくるかと思い聞いていたかもしれません。ついぞ名前は挙がらず、空穂は想像として5番目に自身の名前を挙げます。
 それでも長女が家庭の外に社会があることを学校を通して知り、関わりを持っていく様子を肯定的に捉えていることが「国民生活」という題からもわかります。
 また長歌は最後にそれを要約するように短歌形式の反歌が付くことがあります。

 01-30+

これの世に我家の父にまさるもの
                            多しと知りきやわが女の童

(これのよに わがやのちちにまさるもの 
                            おおしとしりきや わがめのわらわ)

 

 空穂の歌はありのままの日常生活や人の心の機微を注視し続け、「境涯詠」と呼ばれるようになりますが、時にはこんなユーモラスに詠われることもあります。