第25回夏期教育セミナーのご案内 令和3年8月28日(土)

夏期教育セミナーまであとわずか!皆様のご参加をお待ちしております。

概要

研究者・旧制高等学校卒業者・市民が一緒に学ぶ、夏期教育セミナーを開催します。
コロナウイルス感染防止のため、通常2日間かけて行っていたところを半日に縮小してZOOMで開催します。

中澤篤史さん8月28日(土) 午後1時~午後4時(予定)
1.基調講演

「学生スポーツの歴史:戦前・戦後・現在」
講師:中澤 篤史さん(早稲田大学 スポーツ科学学術院 准教授)
2.指定討論者と講演者の対話
3.質疑応答

 


※感染拡大による様々な影響を考え、ZOOMを使っての講演となります。

詳しくは下の申込方法をご覧ください。

 

◆研究発表
当日会場では行わず、8月27日から8月31日までYouTube「限定公開」とします。(動画のURLを知っている人だけが閲覧できます。申し込み者以外のURLのご利用はお控えください。)閲覧URLの申し込みにつきましては旧制高等学校記念館までメールをお送りください。
(mail:kyusei-koko@city.matsumoto.lg.jp)

発表1 個人研究発表
「雑誌『校友』にみる旧制松本中学の生徒自治像ーどんなことが「自治でない」とみなされたのかー」
発表者:冨岡勝さん(近畿大学 教職教育部教授・建学史料室研究員)

発表2 共同研究発表
「新出資料「藤木文書」の紹介――戦時下の一高留学生課長・藤木邦彦と留学生たち」
発表者: 東京大学東アジア藝文書院(EAA)「藤木文書アーカイヴ」プロジェクトメンバー(宇野瑞木さん、高原智史さん、日隈脩一郎さん、横山雄大さん、宋舒揚さん、(顧問) 石井剛さん 、田村隆さん、折茂克哉さん)

 

申込方法

8月28日(土) 午後1時~午後4時(予定)
申込:旧制高等学校記念館へ
※今年の夏期セミナーZOOMのみです。
参加希望者は接続用URLをお送りいたしますので、旧制高等学校記念館までメールを
お送りください。(mail:kyusei-koko@city.matsumoto.lg.jp)

 

 

東京大学 駒場博物館連携企画展「旧制高等学校スポーツ店 野球編」開催のお知らせ

 

スポーツ展 チラシ01 

 

 

 

 

 

 

 

 

概要

 旧制第一高等学校野球部の展示です。旧制第一高等学校は学業だけではなく、芸術や海外から流入して間もないスポーツについても、全国に先駆けて研究、鍛錬してきました。その最たる例が今も国民的スポーツとして君臨する野球で、アメリカから輸入されたばかりのべースボールに野球という訳語をつけたのも一高野球部OBです。一高野球部の歴史を顧みて、その足跡を展示します。学生野球の礎として武士道野球を標榜してきた一高の軌跡をご覧いただければ幸いです。

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開催期間

7月17日(土)から9月20日(祝)

入場無料!(2階3階常設展示室は有料)

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高校生による「黒板アート」4/13~4/28

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 旧制松本高等学校校舎(あがたの森文化会館)の1-1教室、復元教室の2部屋に本日より、エクセラン高校の美術科の生徒17人による黒板アートが展示されています!耐震補強工事が始まり、立入禁止になる前の教室が鮮やかに彩られていました。

加工済2

 

 

 校舎やバンカラ学生、チンチン電車や講堂のシャンデリアをモチーフに様々な作品が並んでいます。
「現代の高校生の感性と伝統ある校舎の融合を楽しんでほしい」とのこと。
写真はすべて制作段階での写真。完成品はぜひ自分の目でお確かめください。必見です。

公開は本日から工事がはじまる28日頃を予定しております。

 

おまけ

黒板に教授似顔絵

 

当時の松高生のアート作品(落書き?)

どこの教室の写真かはわかりませんが、もしかしたら今回高校生が黒板アートをやった教室だったりするかもしれません。

*コラム*【バンカラ日記/5日目】モノクロ写真をカラーに

5日目

 

本日の日記は珍しくまじめな話。どのようにしたら馴染みのない旧制高等学校に興味を持ってもらえるだろう。日々そのようなことを考えております。 収蔵庫で当時の写真を調べていた時に感じたことなのですが、モノクロ写真って普段見ている世界とあまりにも違いすぎて、身近に感じにくいんじゃないかと思いました。そこでカラーにすることによって少しでも身近なものとしてとらえてもらえれば、興味をもってもらえるかもしれないと思い、いくつか用意しました。アプリ1つでこんな事ができるなんて、時代の進歩ってすごいですね~。

プールサイドで 昭和17年(1942)頃

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松本城と学生1 昭和16年(1941)頃

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松本城と学生2 昭和16年(1941)頃

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駆け抜けて青春 昭和14年(1939)頃

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お山座りとお山 昭和6年(1931)頃

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バンカラと番傘 昭和19年(1944)頃

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モダンガールと学生 大正13年(1924)頃

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 生徒のアルバムに大切に収められていたモガの写真。 めっちゃくちゃ美人….!

艶やかなジンゲル 大正13年(1924)頃

lモダンガールと学生のアルバムに入っていた写真。このアルバムには他にも沢山の女性の写真がありました。相当なすきもの。

 

上高地 徳澤園のベランダから 昭和17年(1942)頃

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裸の付き合い 大正15年(1926)

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以上になります!
やはりカラーにすると現実味が出るような気がします。
これを見て少しでも旧制高等学校に興味を持っていただければ幸いです。

そんなことより写真の美女はいったい何者だったのでしょうか。そればかりが気になります。
027キューブリックの「シャイニング」ラストシーンのような写真が出てきました。
こちらからみて前列右から2番目の女性。おそらく例のモガ。
アルバムの持ち主は当然亡くなっており、どのような写真なのか詳細は不明です。アルバムにはこの女性の写真の隣に一言、「松本美人投票第一席」とだけ書いてありました。これだけキレイな人なら、もしかしたら有名な人なのかもしれません。
結局、話は脱線してしまいましたが、今回は以上で終わりです。次の更新をお楽しみに!

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*コラム*【バンカラ日記/4日目】学校の怪談 謎の扉

【重要】タイトル部分 旧制松本高等学校の校舎の南棟。
怖いなあ怖いなあと思いながらそこに行ってみました。
その階段の踊り場には怪しい扉がありました。
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この扉の向こうは………………..

 

 

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なんと外に繋がっていました。

 

本当のタイトル

【重要】タイトル部分 2
このような用途不明の長物をトマソンと言うそうです。

トマソンの語源は元プロ野球選手のゲーリー・トマソンに由来するそうです。トマソンは元大リーガーとして1年目はそこそこの活躍をみせたものの、2年目は全く活躍できなかったにも関わらず四番打者の位置に据えられ続け、空振りを見せるために四番に据えられ続けているかのような姿が、「不動産に付着して美しく保存された無用の長物」という概念を指し示すのにぴったりだったため、名称として採用されたそうです。(なんとも辛辣!)

 

なんのための扉だったのか。昔の写真を見ながら考えていきましょう。

大正14年(1925)の写真

大正11年

 

 

 

 

 

 

 

 

竣工して間もない校舎の全景ですが、あの扉向こうには建物はなにもありません。

大正15年(1926)の写真

大正15年(1926)

 

 

 

 

 

 

 

 

前の写真から1年後の写真には扉がはっきりと写っていましたが、現在と変わらず、何もありません。

 

昭和13年(1938)の地図

昭和13年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前の写真から13年後の地図。赤い丸で囲った場所が扉の位置ですが、
やはりなにもありません。

昭和16年(1941)の写真

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これもやはり扉だけで他には何もありませんでした。

 

結局何のための扉なの?

ここまでひっぱってしまって申し訳ないのですがはっきりとした答えはわかりませんでした。
考えられる説をまとめてみました。

◆校舎を増設する予定だったが頓挫した。

◆火事や地震の際の非常口だった。

◆雪がたくさん降って1階から出られない時にこの扉から脱出した。(松本はそれほど雪深くないのでおそらく違う)

◆どこでもドアだった。(どこにも行けないし、とても危険)

謎は謎のままの方がわくわくしますが、気になって仕方がありません。
今後も調査を続けるつもりです!!!
気になる方はぜひ実際に見にきてください(その際はぜひぜひ旧制高等学校記念館にもお立ち寄りください!)

 

謎の扉について何か知っている方がいらっしゃいましたら
旧制高等学校記念館までご連絡ください
(☎0263-35-6226 FAX0263-33-9986)

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企画展「松高人名録(その三)3月6日~5月5日

企画展「松高人名録(その3)」開催中

⑪ 松高人名録(その3)

 松本高等学校の開校100年を記念して始まった、旧制高等学校記念館、信州大学大学史資料センター、日本文学分野の連携事業による、企画展「松高人名録」その三をお届けします。 

 展示では、戦前・戦中・戦後を通して、医療の分野で活躍した松高生20名のプロフィールをご覧いただきます。高校時代、大学時代、その後の社会での活躍から、現代日本の医療の発展に、旧制高等学校がいかに重要な役割を果たしてきたかを、現在のコロナ禍のなか、感謝をこめて振り返ります。

 

 会 期      3月6日(土)から5月5日(水・祝)まで

※毎週月曜日休館(月曜祝日の場合はその翌日)

 会 場      旧制高等学校記念館 1階ギャラリー

 開館時間      午前9時から午後5時まで(入館は午後4時30分まで)

 観覧料       無料(2・3階常設展示は通常観覧料)

2021年03月旧制高等学校_看板_2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*コラム*【バンカラ日記/3日目】高校生の芸者遊び

3日目
俗っぽい記事ばかりで大変申し訳ありません。学芸員の高山です。
旧制高等学校記念館の収蔵庫には旧制松本高等学校の学生寮である思誠寮の壁板(落書きまみれ)が多く保存されています。そのうちの1枚をご覧ください。↓↓↓ ※個人名にはモザイクを入れています。
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「酒、女、人生の潤滑油」
とんでもないことが書いてありました。こんなもの展示できません!!!
ただ、気になったのは、当時の学生はどのように女の子と遊んでいたんだろうということです。
ドラマとか映画のイメージで昔の恋愛は「純愛」「つつましい」そんなイメージでしたが、この壁紙をみる限りではそんなことは無さそうですね。
当時の写真アルバムを覗いてみると出てくる出てくる芸者さんとの写真の数々...!
高校生は芸者のことをジンゲル(バンカラ日記2日目参照)と呼んでいたみたいです。芸者見習いの半玉(ハルプ)とよく遊んでいたようです。(ごく一部の学生?)
見つけた写真を何枚か載せていきたいと思います。
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楽しそうですね~~。
松本の芸者さんの中には学生(旧制松本高等学校)びいきがあり、あるいは将校派(通称ゾル派)とがあったそうで、前者は後者を「ショウコウ熱」とさげすんでいましたが、時代のせいか、ゾル派が圧倒的に優勢だったそうです。
芸者をめぐって将校と松高生の喧嘩騒ぎや、松高生と芸者の心中未遂事件が起こったりと、あまり平和ではなかったみたいです。芸者とはむしろプラトニックだったと常設展には書いてありますが、甚だ疑問です。

次に卒業生の方の文章を見ていきましょう。

 ジンゲルと校庭を車で H.S氏

藤家という料亭は松本では比較的高級な方で、ジンゲルでも呼ばないと恰好がつかないという雰囲気になった。
その頃の我々は、酒こそ大いに飲んではいたが、まだジンゲルアップの経験がなかった。そこでみんなはもの珍しさ気分もてつだって、たちまちジンゲルを呼ぶことに意見が一致した。
日が暮れる頃には、外に雪がちらついてきた。雪見酒とはシャレてるじゃないかと、四、五人呼んで大いに飲みかつ歌った。
さて帰ろうというときには、夜更けの街は一面の銀世界である。ハイヤーが来たので、賑やかなジンゲルたちの嬌声に送られて玄関を出た我々が、それに乗り込もうとすると、「あら、寮まで送って行くわ」とジンゲルが二人乗り込んできた。四人で満員のところ二人よけいに乗り込んだので、ジンゲルは我々の膝の上ということになる。車はまもなく寮に着いてしまった。ジンゲルのお尻のあたたか味をジカに膝に感じていた我々は、そのまま帰してしまうのは惜しいような気がしたので、雪のグラウンドを二、三周させてから別れた。 真夜中に、校庭を廻る自動車の音に眼を覚ました宿直の学校事務官が、二階の窓からこの光景を目撃してびっくりした。

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今の時代ではありえないことばかりで面白いですね。
その後これが問題になり1人は退寮になってしまったそうです。笑
最後に卒業生のアルバムに書いてあった一言を載せて今回はここまでとさせていただきます。
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「俺は食ひ君は飲む….絹子よ、余り飲むんぢゃないよ。」
芸者の身を案じた言葉か、はたまた彼がゲルピン(金欠)なのか。
 

次回はまだテーマが決まっていません!!考えておきます!!
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*コラム*【バンカラ日記/2日目】日本語?ドイツ語?旧制高等学校スラング集

2日目

皆さんはスラングという言葉をご存じでしょうか。
【スラング】とは ある階層・社会だけで用いる言葉。卑言。俗語。という意味です。
若者言葉やギャル語もスラングの一種といえるでしょう。インターネットスラングと呼ばれる掲示板やSNSでのみ使われる言葉もあったりしますね。
実はこのようなスラングは旧制高等学校にも存在していたんです!
特徴としてはドイツ語を元にした言葉が多いです。これは第一外国語、第二外国語としてドイツ語を学ぶ学生が多かったことが影響しています。旧制高等学校へは同年代男性のおよそ1%しか入ることができませんでした。ドイツ語を学び、それを使用するということが一種のエリートの証だったのだと思います。

それではさっそく紹介していきましょう。

 

明日から使える旧制高等学校スラング

■メッチェン   【独】 若い女性のこと。メチ公とも。

■バッチェン   【日+独】 メッチェンの派生。妙齢とは言えない女性のこと。

シャン     【独】 美人。

ウンシャン   【独】 シャンの反対語。

■単騎遠征    【日】 一人で食堂などにいくこと。

■でも秀     【日】 入学試験では優秀だったが、入学後成績不良の者をいう。あれでも秀逸。

■有能だ     【日】 すてきだ。「夕飯は有能だった」というふうに使った。

ボリュームリッヒ【英+独】 分量が多いこと。

■ドッペリ    【独】 留年すること。

■裏表やる    【日】 ドッペリして同じ学年を2回やること。旧制高等学校では1学年につき1回留年す
             ることができた。ドッペリと進級を手際よく繰り返せば最高6年在学することが
             出来た。進んで6年在学した生徒もいたとか。

■男爵、伯爵、公爵【日】 第1学年留年した者は「男爵」第2学年も留年した者を「伯爵」第3学年も留年
             した者を「公爵」と畏敬された。

■凱旋将軍    【日】 6年間いてもついに卒業できない(退学)者をこう呼んだ。  

ジー      【独】 ドイツ語の「あなた」という意だが、日本語の動詞と一緒に用いて、依頼を表す
             ために用いられた、「貸してんジー」は貸してください。「待ってんジー」は
             ちょっと待ってください。となる。 

■ゲルピン    【独+英】 ゲルト(お金)がピンチになった状態。素寒貧。ゲル欠とも。

ナイジャン   【日+仏】 ダルジャン(お金)と「無い」とをくっつけた言葉。お金が無いこと。

カラマイ    【日】金無しで散歩に出かけること。「からっぽのふところで舞い戻る」の略。 

■ゲルタン    【独+英】 ゲルトタンクの短縮語。ゲルピンの反対語。

■トリンケン   【独】 飲酒。

■リーベ     【独】 恋人。 愛する人。 

■ジンゲル    【独】 芸者。  

■ハルプ     【独】 半玉(芸者見習い)。ジンゲルやハルプを呼んで遊ぶことをジンゲル・アップと
             言った。 

ベガッテン   【独】 自然の営み。「ベガる」という風にも使った。

シュライベン  【独】 自家発電。元々は「書く」というドイツ語だが、「書く」と「かく」をかけている。

■ガチ勉(ガリ勉)【日】 寸暇を惜しむ、勉強第一タイプ。試験前には重宝がられたが、その割に尊敬はさ
             れなかった。

■蝋勉      【日】 消灯後、蝋燭をともして勉強すること。

■ヅクマン    【日+英】 精力、根性のある男。づくは長野県の方言で、「物事に立ち向かう気力」の
               こと。松高生が使っていた言葉。

■エッ(エッエッ)【日】  「悦」の意味。極めて喜ばしい状況で発する語。重複により強調されるらし
              い。「一限は休講だってよ!」「エッ!!」
                「二限も休講だってさ!」「エッエッ!!」

参考文献
竹内洋(1999). 日本の近代12 学歴貴族の栄光と挫折 中央公論新社
水野潤一(1984). 旧制高校めし炊き青春譜 東洋経済新報社

正橋剛二(1991). 増補北辰詞華集 桂書房

 

 

個人的には単騎遠征がお気に入りです。今のご時世、ひとりでご飯に行くことは多いと思うので使うチャンスがあるかもしれません。
ちなみに私、高山はなかなかのボリュームリッヒです(85キロ)。がんばって痩せます…
以上で旧制高等学校スラング集の紹介を終わります。

次回は高校生の芸者遊びについて紹介していきます。お楽しみに!

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*コラム*【バンカラ日記/1日目】奇習「寮雨」とは

タイトル

旧制高等学校記念館の学芸員の高山です。
旧制高等学校に対する皆様のイメージってどのようなものでしょうか。
「エリート」「寮歌」「昔の学校」はたまた「そんなところは知らない!」などがあげられると思います。
個人的には「奇天烈」「破天荒」というイメージが強いです。
それを裏付ける1つの文化があります。それが今回紹介する寮雨です。
※上品ではない内容が含まれております。あくまでも旧制高等学校の文化の一側面ということを理解していただいた上でご観覧ください。

月夜の晩に雨が降る不思議

寮雨とは、旧制高等学校の各自治寮で行われていた文化です。
卒業生の書いた文章に寮雨について詳しく書かれていたのでこちらをご紹介します。

『  高等学校の寄宿寮は“そそり立てる六寮”などと歌われますが、実際はお粗末な木造二階建てが多く、奥の部屋から夜中にトイレに行くのは面倒でした。その上新入生は上級生からトイレにまつわる怪談を聞かされています。我慢してもぞもぞしていると同室の先輩は窓をあけて庭にむかってシャアシャアやっていました。これが寮雨です。これで新入生も安心してまねすることになりました。 』 

 

写真でみる寮雨

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当時のカメラはとても貴重なものだったと思います。なぜこの写真を撮ろうと思ったのかは疑問ですが今では大変貴重な資料です。

絵でみる寮雨

他にも旧制高等学校が発行した記念祭(旧制高校で行われていた寮の文化祭)の絵はがきなどにも寮雨の絵が書かれているので紹介していきます。
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寮雨についての紹介は以上になります。

銀杏BOYZ 『青春時代』の歌詞の一節
〃ああ僕は何かやらかしてみたい。そんなひとときを青春時代と呼ぶのだろう。〃
旧制高校生の豪快で大胆な青春に触れるたびにこの曲が僕の頭の中で鳴り響きます。

 

次回は旧制高等学校スラング集を紹介していきたいと思います。おたのしみに!

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*コラム*【バンカラ日記/0日目】旧制高等学校とは

タイトル部分 

 

旧制高等学校記念館の学芸員の高山と申します。
バンカラ日記では旧制高等学校について面白い!なんか変だな??と思ったことをこれから紹介していけたらいいなと思っています。
その前に『旧制高等学校とは』というところから説明していきたいと思います。

明治19年 旧制高等学校のはじまり

 明治19( 1886)年から設置されていた高等中学校が、明治27(1894)年の高等学校令により制度が改められ、旧制高等学校となる。男子に幅広い教養教育を施すエリート養成学校を目指した。
旧制高校とは?

大正7年  旧制高等学校の増設

それまで8校のみであった旧制高等学校だが、大正7( 1918 ) 年の新たな高等学校令公布以降各地に新設され、41校まで数を増やす。これにより、多くの若者に高等普通教育の道が開かれた。
旧制高校とは?

昭和25年 旧制高等学校の廃止

戦争による修業年限の短縮や学徒動員・出陣などの激動の時代を経て、戦後には女子の入学など新しい動きもあった旧制高校だが、昭和25(1950)年の学制改革により、制度廃止となった。その伝統と教育は、新制の大学等へ受け継がれている。 

 

◆旧制高等学校は旧帝国大学への進学の特権を与えられた学校制度でした。各高等学校では、独自の校風のもとに学生の多様な能力を引き出す個性的なエリート教育が行われ、多くの人材が育ちました。寮生活、教養主義、弊衣破帽など、旧制高校生ならではの文化は今なお多くの人をひきつけます。バンカラ日記がロマンあふれる旧制高等学校への入口になれば幸いです。
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次回は旧制高等学校の奇習「寮雨」について紹介していきます。

 

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