Vol.104「春を待つ涅槃図」展のご報告( R7.2.27 文責:前田)

市内で大切に受け継がれてきた涅槃図をご紹介するこの冬の特別展。いよいよ会期も残りわずかとなりました。展覧会にあわせて開催した関連イベントの様子などを振り返ってみます。

涅槃図の絵解き

長野郷土史研究会副会長の小林玲子さんは伝統的な絵解きを研究し、ご自身も口演を行うなど、30年以上にわたって絵解きの普及に取り組まれています。会期初日の2月1日と、お釈迦さま入滅の日とされる2月15日に、特別展示室のたくさんの涅槃図に囲まれながら、この仏教絵画に込められた教えやお釈迦さまにまつわるエピソードなどを語っていただきました。初回は80名、2回目は120名もの方が熱心に耳を傾け、時にユーモアも織り交ぜた優しくわかりやすい語り口に魅了されていました。絵解きをとおして、涅槃図をより身近に感じていただけたと思いました。

 絵解きの様子

小林先生には、長野郷土史研究会会長であるご主人の一郎先生とともに、企画段階から多大なるご教示とご協力をいただきました。本当にありがとうございました。

やしょうま作り

涅槃図が掲げられる年中行事「涅槃会」のお供え物は、全国各地に様々な形や呼び名で伝わっています。松本では「やしょうま」といい、私自身も幼い頃、近所のおばあちゃんにもらって食べた思い出のある行事食です。彩り美しいこのお菓子はやわらかでほの甘く、頬ばるとなんとも幸せな気持ちになります。

2月11日、地域のやしょうま名人をお迎えし、実際にやしょうまを作る講座を行いました。先生方のお人柄もあって、和気あいあいとした雰囲気の中、梅の模様入りと胡桃がたっぷり入った2種類のやしょうまが出来上がりました。満開の桜の木やブドウといった難易度の高い絵がらのやしょうまは、講師の皆さんが実演して作り方を見せてくれました。

この時期にはかつて、お寺や地域の仲間で集まり、わいわいと楽しくやしょうまを作ってお供えをし、これを分け合って皆で食べる習わしが市内でもあちこちに伝わっていました。生活様式の変化に加え、コロナの影響もあり、こうした光景はあまりみられなくなったようです。寒さの厳しい時期の年中行事は、人と人との温かなつながりを感じられる大切な機会でもあったのだろうとあらためて感じました。

やしょうまづくり やしょうまづくり2

これからも涅槃図

本展に出展された市内の涅槃図は、主に平成30年策定の松本市歴史文化基本構想の中で、市民の方に調査して頂き、所在が明らかになったものです。このほかにも、市内の各寺院や町会には貴重な涅槃図が受け継がれていると思われます。

実際に会期中、「うちの町会でも数珠回しの時に涅槃図出しているよ」と教えていただくことがありました。それはなんと、今回展示させていただいている笹賀の涅槃図と同じ作者であるとのこと。早速現地で拝見させていただきました。

和田の二尊院に伝わるその涅槃図は、笹賀のものと同様に色彩が美しく、お釈迦さまをはじめ、会衆や動物たちが細やかな筆遣いで繊細に描かれる涅槃図でした。
『和田の歴史(松本市和田地区歴史資料館編纂会編)』によると、この2つの涅槃図を手掛けた探民守穀(本名・百瀬駒次郎/文化3-明治3)は、現在の松本市和田の出身。弘化嘉永の頃に江戸へ出て、幕府御用絵師である鍛冶橋狩野派の8代目・探淵守真に絵を学んだとのこと。

これまでの調査では、市内の寺院や町会に3件、探民の作品を確認していましたが、今回お寄せいただいた情報により、さらに新たな探民の作品と出会うことができました。点在している文化財の情報を整理し、江戸時代に松本で活躍した絵師についてのデータが更新できることは、特別展を通じての大きな収穫となります。

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↑探民の仏画。「涅槃図」のほかに「十二薬師」「西国三十三番札所 観世音之像(部分)」が二尊院の什物として今に受け継がれています。

絵画としても大変見応えのある涅槃図ですが、その一つひとつに施入に関わった人々の想いや地域の歴史が秘められています。特別展は終了しますが、この魅力あふれる文化財を、今後も意識して追っていきたいと思います。地元の涅槃図や絵師にまつわる新たな情報がありましたら、これからもぜひ教えていただけると幸いです。