Vol.111 文明開化の時代を映すラベリング ( R7.6.20 文責:遠藤 )
松本市立博物館の常設展示は、8つのテーマ展示から構成されています。
そんな常設展示の一角に、文明開化期の松本を紹介するコーナーがありますが、今回はそのコーナーから明治の時代の“ラベリング”の様子を紹介します。
ラベリングとは、事物に名前を付け、詳しく説明することを意味する心理学用語とされますが、レッテルを貼って決めつけること、というようにネガティブな意味合いを持つ場合もあります。現代においても“Z世代”や“勝ち組と負け組”のように大小さまざまなラベリングが行われています。
鎖国や身分制度をはじめとしたさまざまな支配の枠組みが崩れ去った明治初期、世間は新しい時代の象徴となった西洋文化をなんとか取り入れようと躍起になっていました。有名な「散切頭(ざんぎりあたま)を叩いてみれば文明開化の音がする」の一説が示すように、この時代は文明開化の時代と呼ばれ、あらゆる分野で西洋化が進みました。松本にある国宝旧開智学校校舎も、文明開化していることを示すために無理をしてでも洋風の建物を求めた人々の想いの結実といえます。
そんな時代ですので、文明開化を果たしている人は“開化の人”ともてはやされ、反対にちょんまげを大事にしている人や伝統的な風習を大事にしている人は“旧習因循(きゅうしゅういんじゅん)の人”と呼ばれ、早く開花するようにと諭されるのが一般的でした(ちょっと前に話題になったアマビエ・アマビコも当時の新聞で“迷信”扱いされ否定されています)こうした開化を基準にしたラベリングが広く行われましたが、これが小学校で使用する教科書にまで登場していました。
その教科書は『万国地誌略』(明治7年)で、世界地理を勉強するための本です。明治初期の小学校の教科書として広く使われていました。この2巻に「人民開化等級の略説」という章がありますが、その中で世界の国々が文明開化の度合いでランク分けされています。「文明開化の民」が頂点となり、順番に「半開化の民」、「未開の民」、「蛮夷」と分類されています。「文明開化」を果たした国には欧米の各国が挙げられ、アジアの国々は「半開化」に分類されることが多いです。「未開」の国は遊牧民の人々、「蛮夷」には欧米に植民地にされた国の原住民の人々が当てられています。当時の“開化至上主義”ともいえる考え方が反映されたラベリングといえます。
この本の中で日本は「文明開化の民」に分類されています。当時の日本は開国したばかりですので「半開化」が妥当なところでしょうが、だいぶ背伸びした分類に感じます。
当時は一刻でも早く欧米列強の国々に追いつくことが国を挙げての大命題となっていたとはいえ、学校教育の現場でこのように世界の国を勝手にラベリングした内容を教えていたことは驚きです。現代の感覚からするととても問題のある内容に感じますが、急いで欧米のような強い国にならなければ日本が植民地にされてしまう、という恐怖心が根底にあったことも見逃せません。
いつの時代も他者を勝手にラベリングして自己の安定を得ようとするのは世の常かもしれませんが、こうした行為には人の想いや社会の情勢が大きく影響しています。なぜこんなことしたのか?という点を考えていくと、さまざまなことがみえてくると思います。
常設展示室では今回紹介した『万国地誌略』のほかにも文明開化期の人々の想いや考え方を示す資料が並んでいますので、ぜひご覧ください。
![]() 文明開化を紹介しているコーナーの様子 |
![]() 「開智学校印」が押印された『万国地誌略』巻二 |