Vol.021 なぜワラウマを展示するのか(前編) (R4.2.24 文責:千賀)

2月8日に、入山辺厩所集落で行われるコトヨウカの「貧乏神送り」に行ってきました。目的は、新博物館で展示するワラウマを作ってもらうことです。
この企画のスタートは2年前に遡ります。そこから語りだすと非常に長くなるので、今回のテーマは前編と後編の2回に分けてお届けします。
前編は、「ワラウマ製作を依頼するまで」です。

博物館の常設展示室で展示する資料は、基本的には、博物館で収蔵するコレクションのなかから選びます。それは、所蔵資料を詳しく調査して、その成果を展示でお伝えするためです。 しかし、「屋根のない博物館 松本」をぎゅっと詰め込んだ常設展示にするためには、博物館の収蔵資料だけでは足りず、現地で今まさに使用しているものを展示して、現地で感じる肌感覚のようなものを伝えたいと考えました。
今回のワラウマの展示は、2年前に民俗分野の展示構成を考える際に、実際に「貧乏神送り」の行事にお邪魔したのが始まりでした。
「貧乏神送り」は、コトヨウカと呼ばれる2月8日に入山辺厩所集落で行われる行事です。住民がワラを持ち寄って公民館に集まり、ジジ・ババとよばれる人形を乗せたワラの馬を作ります。そのワラウマを中心に住民が輪になって座り、大きな数珠を回しながら念仏を唱え、「貧乏神追い出せ」と言いながらワラウマを抱えて河原まで運び出し、燃やします。集落を練り歩きながらジジ・ババに貧乏神を依り付かせ、それを燃やすことで無病息災を願う行事です。

   

私自身、民俗行事には「伝統を守る」という儀式的な堅苦しいイメージを持っていました。しかし、実際に拝見してみると、集落の皆さんが楽しそうにワラウマを作っている様子がとても印象的でした。ワラウマの設計図はなく感覚で作っているので、同じものは2度と作れず、そもそも、完成後すぐに燃やしてしまうので細かいことは気にしないとのことです。「どうだったかや?」とか言いながら、笑い声の絶えない中であっという間にワラウマを作っていました。そして、河原で燃やした後に公民館で開かれる酒宴では、「今年のウマの出来は…」など皆さんで講評して盛り上がっていました。
私は、この行事では、ワラウマを作ることとともに、集落全員で共同作業をして無病息災という同じ願いを共有し、そして一緒に酒を飲むことで、集落の絆を深めることが重要なんだと感じました。ワラウマ作りは、その手段に過ぎないのです。伝統的な民俗行事は、ひょっとしたら娯楽の少ない時代の「遊び」だったのかもしれません。みんなで集まって酒を飲むための口実だったと考えると、急に身近に感じられました。
しかし、その「遊び」の先には「集落の絆を維持する」という重要な目的があります。民俗行事に楽しみを共有することで集落を維持する機能があるとすると、そこから、高齢化や人口減少という今日的な課題に対して解決のヒントが得られるかもしれません。
実際に現地で使われるものを展示できないかという目的で調査に伺ったところ、思いがけず「集落の維持」という大きなテーマに思いをはせることになりました。そして、このワラウマは、現地の姿だけでなく、民俗行事への関心を高め、集落の現状と未来を考える資料になると考えました。
そこで、行事の終了後に、集落の皆さんに新博物館でのワラウマ展示とそれに向けた製作を依頼し、快諾いただきました。
続きは、後編へ。