今月の短歌 ~窪田空穂の歌の魅力をご紹介します~

〔2月の短歌〕

01-30+

恥らへるさまにわれ見て駈けゆきし、

          童の君の狭き緋の帯。

 (はじらえる さまにわれみて かけゆきし、

       わらべのきみの せまきひのおび)

             歌集『空穂歌集』所収 

 空穂が30代中盤に詠んだ歌で、後に「少年の日」と題が付けられました。
 昔、小学生だった空穂と女子児童が偶然道で出会った時の様子です。恥ずかしそうに走り去る女子児童の後ろ姿に、緋色の帯が小さく揺れています。そしてそれを見送る少年空穂の幼い恋心を感じさせます。スケッチのように情景が浮かび、30年近く前の出来事という印象を与えません。
 このように空穂は、不意に過去を詠むことがありました。
 『我が文学体験』の中で、空穂はこんなことを言っています。
 「(作歌の際、集中していると)平常は全く忘れてしまっていることが卒然とよみがえって来ることがある。我ながら、何だってこんなことを思い出したのだろうと感じ、慌てて歌材に取り上げるのである」
 それは普通は歌にしない些細なことでも、何でも歌にした空穂らしい姿勢ではないでしょうか。また、歌にすることによってその体験が自身にとって何だったのか、記憶を反芻して整理をつけているようにも感じられます。空穂は、歌を詠むための集中は禅を組んでいる時に似ているとも言っています。
 「歌を詠んだあとはたのしい。気分がさっぱりして、何よりも好い保養をしたような気がする。歌の出来が良かった悪かったということは、その時には何のかかわりもないことなのである」  『我が文学体験』より。