【※8月17日追記】第26回夏期教育セミナー開催のお知らせ 9月3日(土)

26回を迎える夏期教育セミナーは、9月3日(土)あがたの森文化会館講堂で 以下のような日程で行われます。

時間

9月3日(土)開場12:30 開演13:00  閉演17:30頃(予定)

上映会+基調講演

第一高等学校を新しい視点から見つめた映画『籠城』を上映と解説。

 

映画『籠城』上映会


『籠城』スチル写真(宣伝用).cleaned

2022年/65分/日本/カラー 監督:小手川将

 

〈リンク〉

ホームページ: 映画『籠城』プロジェクト   

予告動画  : 映画『籠城』予告編①

 

 

◆あらすじ◆

旧制第一高等学校(通称、一高)は、1935年に本郷から駒場へと移転するが、そこでの生活は、本郷時代以来の「籠城主義」と呼ばれる自治寮での共同生活に支えられた、独特かつ閉鎖的なものだった。だが、1941年、1942年と戦時色が深まるにつれ、一高のアイデンティティともいえる「籠城主義」は、そのまま維持することはできなくなってくる。

本作は、あたかも一高生らに同一化するかのように、アイデンティティの拠りどころを求めて研究に専念する大学院生の主人公「わたし」の意識を通じて、駒場時代の一高を描き出す。 

基調講演 「映画『籠城』というプロセス -研究と制作のあいだ」

講師

高原智史氏(東京大学大学院総合文化研究科博士課程)

日隈脩一郎氏(東京大学教育学研究科博士課程)

 

研究発表

 「東京帝国大学出身教員による「東大倶楽部」設立の企て-同窓生組織研究のための試論-」

発表者

堤ひろゆき氏(上武大学ビジネス情報学部スポーツ健康マネジメント学科講師)

「もう一つの図書館 -静岡大学雄萠寮図書室から見る旧制高等学校寄宿寮蔵書の世界」

発表者

猪瀬貴大氏(静岡大学卒業生)

 

 

申し込み・お問い合わせ

旧制高等学校記念館まで(tel:0263‐35-6226 fax:0263-33-9986 mail:kyusei-koko@city.matsumoto.lg.jp)

 人数制限(50名)がございますので、事前申込み者優先での入場となります。ご了承ください。

ご参加お待ちしております。

 

Zoomでの参加もお待ちしております。

旧制高等学校記念館まで(mail:kyusei-koko@city.matsumoto.lg.jp)

※Zoomでの参加の場合は映画『籠城』上映会は配信いたしません。基調講演 「映画『籠城』というプロセス -研究と制作のあいだ」からの配信となります。ご了承ください。

 

注意事項

・セミナーでの(とくに『籠城』上映会)ビデオ・カメラ・スマホ等での撮影・録音は固くお断りします。

・携帯電話・スマートフォンはマナーモードの設定をお願いします。

・会場ではマスク着用をご協力ください。

・手指の消毒にご協力ください。 入口・受付にアルコール消毒液を配置しています。

・長野県新型コロナウィルス感染症・感染警戒レベルが6に引き上げられる場合などにおいては現地での開催は中止とさせていただき、   内容を変更してオンラインでの開催とさせていただきます。ご了承ください。

【2022年8月17日追記】※先日、長野県新型コロナウィルス感染症・感染警戒レベルが6に引き上げられましたが、諸状況を勘案して、今のところ対面開催の予定です。(2022年8月17日時点)今後、変更などがあった場合はホームページ上で速やかに周知いたしますので、ご確認ください。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第197回サロンあがたの森 7月9日(土)午後1時30分~

「芥川龍之介の槍ヶ岳登山と河童橋」

 

話題提供    牛丸 工さん
              (山岳歴史研究家)
日   時     7月9日(土) 午後1時30分 ~3時30分 (予定)
会   場       あがたの森文化会館   講堂 第一会議室 
参加費       200円
予約   要予約 先着40名  0263-35-6226    

 

※詳細はこちらをご覧ください。

 

旧制松本高等学校で現存する唯一の映像資料 第1弾2弾

第1弾 インターハイの映像

旧制松本高等学校で現存する唯一の映像資料第1弾。
—75年前の青春は喧騒で溢れていた。

1946年、戦後初めてのインターハイが開催されました。
インターハイに向けての壮行会、松本駅からの見送り場面。
会場の東京帝国大学では当時の赤門、安田講堂の映像を見る事ができます。
この動画は当時の旧制松本高等学校の学生がアメリカ製の撮影機器を所持しており、
撮影されたものが松高同窓会の一室に残されていました。
撮影をしたご本人は他界なさりましたが、この度ご遺族の了解を得たので、ここに公開します。

第2弾 駅伝の映像

インターハイ映像に続く第2弾。今回は、松本名物であった松高の駅伝競走。

大正12年、文乙に学んだK氏の提唱によって始まった。駅伝の宣伝のために授業をつぶし、駅前・四柱神社・繁華街へ繰り出し大騒ぎすることも。羽目を外し過ぎて起こった問題で、廃止、そして復活を繰り返した。駅伝は街中を巻き込む盛り上がりで、松高がその歴史をとじるまでこの伝統が受け継がれた。

*コラム*【バンカラ日記/5日目】モノクロ写真をカラーに

5日目

 

本日の日記は珍しくまじめな話。どのようにしたら馴染みのない旧制高等学校に興味を持ってもらえるだろう。日々そのようなことを考えております。 収蔵庫で当時の写真を調べていた時に感じたことなのですが、モノクロ写真って普段見ている世界とあまりにも違いすぎて、身近に感じにくいんじゃないかと思いました。そこでカラーにすることによって少しでも身近なものとしてとらえてもらえれば、興味をもってもらえるかもしれないと思い、いくつか用意しました。アプリ1つでこんな事ができるなんて、時代の進歩ってすごいですね~。

プールサイドで 昭和17年(1942)頃

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松本城と学生1 昭和16年(1941)頃

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松本城と学生2 昭和16年(1941)頃

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駆け抜けて青春 昭和14年(1939)頃

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お山座りとお山 昭和6年(1931)頃

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バンカラと番傘 昭和19年(1944)頃

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モダンガールと学生 大正13年(1924)頃

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 生徒のアルバムに大切に収められていたモガの写真。 めっちゃくちゃ美人….!

艶やかなジンゲル 大正13年(1924)頃

lモダンガールと学生のアルバムに入っていた写真。このアルバムには他にも沢山の女性の写真がありました。相当なすきもの。

 

上高地 徳澤園のベランダから 昭和17年(1942)頃

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裸の付き合い 大正15年(1926)

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以上になります!
やはりカラーにすると現実味が出るような気がします。
これを見て少しでも旧制高等学校に興味を持っていただければ幸いです。

そんなことより写真の美女はいったい何者だったのでしょうか。そればかりが気になります。
027キューブリックの「シャイニング」ラストシーンのような写真が出てきました。
こちらからみて前列右から2番目の女性。おそらく例のモガ。
アルバムの持ち主は当然亡くなっており、どのような写真なのか詳細は不明です。アルバムにはこの女性の写真の隣に一言、「松本美人投票第一席」とだけ書いてありました。これだけキレイな人なら、もしかしたら有名な人なのかもしれません。
結局、話は脱線してしまいましたが、今回は以上で終わりです。次の更新をお楽しみに!

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*コラム*【バンカラ日記/4日目】学校の怪談 謎の扉

【重要】タイトル部分 旧制松本高等学校の校舎の南棟。
怖いなあ怖いなあと思いながらそこに行ってみました。
その階段の踊り場には怪しい扉がありました。
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この扉の向こうは………………..

 

 

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なんと外に繋がっていました。

 

本当のタイトル

【重要】タイトル部分 2
このような用途不明の長物をトマソンと言うそうです。

トマソンの語源は元プロ野球選手のゲーリー・トマソンに由来するそうです。トマソンは元大リーガーとして1年目はそこそこの活躍をみせたものの、2年目は全く活躍できなかったにも関わらず四番打者の位置に据えられ続け、空振りを見せるために四番に据えられ続けているかのような姿が、「不動産に付着して美しく保存された無用の長物」という概念を指し示すのにぴったりだったため、名称として採用されたそうです。(なんとも辛辣!)

 

なんのための扉だったのか。昔の写真を見ながら考えていきましょう。

大正14年(1925)の写真

大正11年

 

 

 

 

 

 

 

 

竣工して間もない校舎の全景ですが、あの扉向こうには建物はなにもありません。

大正15年(1926)の写真

大正15年(1926)

 

 

 

 

 

 

 

 

前の写真から1年後の写真には扉がはっきりと写っていましたが、現在と変わらず、何もありません。

 

昭和13年(1938)の地図

昭和13年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前の写真から13年後の地図。赤い丸で囲った場所が扉の位置ですが、
やはりなにもありません。

昭和16年(1941)の写真

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これもやはり扉だけで他には何もありませんでした。

 

結局何のための扉なの?

ここまでひっぱってしまって申し訳ないのですがはっきりとした答えはわかりませんでした。
考えられる説をまとめてみました。

◆校舎を増設する予定だったが頓挫した。

◆火事や地震の際の非常口だった。

◆雪がたくさん降って1階から出られない時にこの扉から脱出した。(松本はそれほど雪深くないのでおそらく違う)

◆どこでもドアだった。(どこにも行けないし、とても危険)

謎は謎のままの方がわくわくしますが、気になって仕方がありません。
今後も調査を続けるつもりです!!!
気になる方はぜひ実際に見にきてください(その際はぜひぜひ旧制高等学校記念館にもお立ち寄りください!)

 

謎の扉について何か知っている方がいらっしゃいましたら
旧制高等学校記念館までご連絡ください
(☎0263-35-6226 FAX0263-33-9986)

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*コラム*【バンカラ日記/3日目】高校生の芸者遊び

3日目
俗っぽい記事ばかりで大変申し訳ありません。学芸員の高山です。
旧制高等学校記念館の収蔵庫には旧制松本高等学校の学生寮である思誠寮の壁板(落書きまみれ)が多く保存されています。そのうちの1枚をご覧ください。↓↓↓ ※個人名にはモザイクを入れています。
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「酒、女、人生の潤滑油」
とんでもないことが書いてありました。こんなもの展示できません!!!
ただ、気になったのは、当時の学生はどのように女の子と遊んでいたんだろうということです。
ドラマとか映画のイメージで昔の恋愛は「純愛」「つつましい」そんなイメージでしたが、この壁紙をみる限りではそんなことは無さそうですね。
当時の写真アルバムを覗いてみると出てくる出てくる芸者さんとの写真の数々...!
高校生は芸者のことをジンゲル(バンカラ日記2日目参照)と呼んでいたみたいです。芸者見習いの半玉(ハルプ)とよく遊んでいたようです。(ごく一部の学生?)
見つけた写真を何枚か載せていきたいと思います。
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楽しそうですね~~。
松本の芸者さんの中には学生(旧制松本高等学校)びいきがあり、あるいは将校派(通称ゾル派)とがあったそうで、前者は後者を「ショウコウ熱」とさげすんでいましたが、時代のせいか、ゾル派が圧倒的に優勢だったそうです。
芸者をめぐって将校と松高生の喧嘩騒ぎや、松高生と芸者の心中未遂事件が起こったりと、あまり平和ではなかったみたいです。芸者とはむしろプラトニックだったと常設展には書いてありますが、甚だ疑問です。

次に卒業生の方の文章を見ていきましょう。

 ジンゲルと校庭を車で H.S氏

藤家という料亭は松本では比較的高級な方で、ジンゲルでも呼ばないと恰好がつかないという雰囲気になった。
その頃の我々は、酒こそ大いに飲んではいたが、まだジンゲルアップの経験がなかった。そこでみんなはもの珍しさ気分もてつだって、たちまちジンゲルを呼ぶことに意見が一致した。
日が暮れる頃には、外に雪がちらついてきた。雪見酒とはシャレてるじゃないかと、四、五人呼んで大いに飲みかつ歌った。
さて帰ろうというときには、夜更けの街は一面の銀世界である。ハイヤーが来たので、賑やかなジンゲルたちの嬌声に送られて玄関を出た我々が、それに乗り込もうとすると、「あら、寮まで送って行くわ」とジンゲルが二人乗り込んできた。四人で満員のところ二人よけいに乗り込んだので、ジンゲルは我々の膝の上ということになる。車はまもなく寮に着いてしまった。ジンゲルのお尻のあたたか味をジカに膝に感じていた我々は、そのまま帰してしまうのは惜しいような気がしたので、雪のグラウンドを二、三周させてから別れた。 真夜中に、校庭を廻る自動車の音に眼を覚ました宿直の学校事務官が、二階の窓からこの光景を目撃してびっくりした。

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今の時代ではありえないことばかりで面白いですね。
その後これが問題になり1人は退寮になってしまったそうです。笑
最後に卒業生のアルバムに書いてあった一言を載せて今回はここまでとさせていただきます。
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「俺は食ひ君は飲む….絹子よ、余り飲むんぢゃないよ。」
芸者の身を案じた言葉か、はたまた彼がゲルピン(金欠)なのか。
 

次回はまだテーマが決まっていません!!考えておきます!!
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*コラム*【バンカラ日記/2日目】日本語?ドイツ語?旧制高等学校スラング集

2日目

皆さんはスラングという言葉をご存じでしょうか。
【スラング】とは ある階層・社会だけで用いる言葉。卑言。俗語。という意味です。
若者言葉やギャル語もスラングの一種といえるでしょう。インターネットスラングと呼ばれる掲示板やSNSでのみ使われる言葉もあったりしますね。
実はこのようなスラングは旧制高等学校にも存在していたんです!
特徴としてはドイツ語を元にした言葉が多いです。これは第一外国語、第二外国語としてドイツ語を学ぶ学生が多かったことが影響しています。旧制高等学校へは同年代男性のおよそ1%しか入ることができませんでした。ドイツ語を学び、それを使用するということが一種のエリートの証だったのだと思います。

それではさっそく紹介していきましょう。

 

明日から使える旧制高等学校スラング

■メッチェン   【独】 若い女性のこと。メチ公とも。

■バッチェン   【日+独】 メッチェンの派生。妙齢とは言えない女性のこと。

シャン     【独】 美人。

ウンシャン   【独】 シャンの反対語。

■単騎遠征    【日】 一人で食堂などにいくこと。

■でも秀     【日】 入学試験では優秀だったが、入学後成績不良の者をいう。あれでも秀逸。

■有能だ     【日】 すてきだ。「夕飯は有能だった」というふうに使った。

ボリュームリッヒ【英+独】 分量が多いこと。

■ドッペリ    【独】 留年すること。

■裏表やる    【日】 ドッペリして同じ学年を2回やること。旧制高等学校では1学年につき1回留年す
             ることができた。ドッペリと進級を手際よく繰り返せば最高6年在学することが
             出来た。進んで6年在学した生徒もいたとか。

■男爵、伯爵、公爵【日】 第1学年留年した者は「男爵」第2学年も留年した者を「伯爵」第3学年も留年
             した者を「公爵」と畏敬された。

■凱旋将軍    【日】 6年間いてもついに卒業できない(退学)者をこう呼んだ。  

ジー      【独】 ドイツ語の「あなた」という意だが、日本語の動詞と一緒に用いて、依頼を表す
             ために用いられた、「貸してんジー」は貸してください。「待ってんジー」は
             ちょっと待ってください。となる。 

■ゲルピン    【独+英】 ゲルト(お金)がピンチになった状態。素寒貧。ゲル欠とも。

ナイジャン   【日+仏】 ダルジャン(お金)と「無い」とをくっつけた言葉。お金が無いこと。

カラマイ    【日】金無しで散歩に出かけること。「からっぽのふところで舞い戻る」の略。 

■ゲルタン    【独+英】 ゲルトタンクの短縮語。ゲルピンの反対語。

■トリンケン   【独】 飲酒。

■リーベ     【独】 恋人。 愛する人。 

■ジンゲル    【独】 芸者。  

■ハルプ     【独】 半玉(芸者見習い)。ジンゲルやハルプを呼んで遊ぶことをジンゲル・アップと
             言った。 

ベガッテン   【独】 自然の営み。「ベガる」という風にも使った。

シュライベン  【独】 自家発電。元々は「書く」というドイツ語だが、「書く」と「かく」をかけている。

■ガチ勉(ガリ勉)【日】 寸暇を惜しむ、勉強第一タイプ。試験前には重宝がられたが、その割に尊敬はさ
             れなかった。

■蝋勉      【日】 消灯後、蝋燭をともして勉強すること。

■ヅクマン    【日+英】 精力、根性のある男。づくは長野県の方言で、「物事に立ち向かう気力」の
               こと。松高生が使っていた言葉。

■エッ(エッエッ)【日】  「悦」の意味。極めて喜ばしい状況で発する語。重複により強調されるらし
              い。「一限は休講だってよ!」「エッ!!」
                「二限も休講だってさ!」「エッエッ!!」

参考文献
竹内洋(1999). 日本の近代12 学歴貴族の栄光と挫折 中央公論新社
水野潤一(1984). 旧制高校めし炊き青春譜 東洋経済新報社

正橋剛二(1991). 増補北辰詞華集 桂書房

 

 

個人的には単騎遠征がお気に入りです。今のご時世、ひとりでご飯に行くことは多いと思うので使うチャンスがあるかもしれません。
ちなみに私、高山はなかなかのボリュームリッヒです(85キロ)。がんばって痩せます…
以上で旧制高等学校スラング集の紹介を終わります。

次回は高校生の芸者遊びについて紹介していきます。お楽しみに!

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*コラム*【バンカラ日記/1日目】奇習「寮雨」とは

タイトル

旧制高等学校記念館の学芸員の高山です。
旧制高等学校に対する皆様のイメージってどのようなものでしょうか。
「エリート」「寮歌」「昔の学校」はたまた「そんなところは知らない!」などがあげられると思います。
個人的には「奇天烈」「破天荒」というイメージが強いです。
それを裏付ける1つの文化があります。それが今回紹介する寮雨です。
※上品ではない内容が含まれております。あくまでも旧制高等学校の文化の一側面ということを理解していただいた上でご観覧ください。

月夜の晩に雨が降る不思議

寮雨とは、旧制高等学校の各自治寮で行われていた文化です。
卒業生の書いた文章に寮雨について詳しく書かれていたのでこちらをご紹介します。

『  高等学校の寄宿寮は“そそり立てる六寮”などと歌われますが、実際はお粗末な木造二階建てが多く、奥の部屋から夜中にトイレに行くのは面倒でした。その上新入生は上級生からトイレにまつわる怪談を聞かされています。我慢してもぞもぞしていると同室の先輩は窓をあけて庭にむかってシャアシャアやっていました。これが寮雨です。これで新入生も安心してまねすることになりました。 』 

 

写真でみる寮雨

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当時のカメラはとても貴重なものだったと思います。なぜこの写真を撮ろうと思ったのかは疑問ですが今では大変貴重な資料です。

絵でみる寮雨

他にも旧制高等学校が発行した記念祭(旧制高校で行われていた寮の文化祭)の絵はがきなどにも寮雨の絵が書かれているので紹介していきます。
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寮雨についての紹介は以上になります。

銀杏BOYZ 『青春時代』の歌詞の一節
〃ああ僕は何かやらかしてみたい。そんなひとときを青春時代と呼ぶのだろう。〃
旧制高校生の豪快で大胆な青春に触れるたびにこの曲が僕の頭の中で鳴り響きます。

 

次回は旧制高等学校スラング集を紹介していきたいと思います。おたのしみに!

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*コラム*【バンカラ日記/0日目】旧制高等学校とは

タイトル部分 

 

旧制高等学校記念館の学芸員の高山と申します。
バンカラ日記では旧制高等学校について面白い!なんか変だな??と思ったことをこれから紹介していけたらいいなと思っています。
その前に『旧制高等学校とは』というところから説明していきたいと思います。

明治19年 旧制高等学校のはじまり

 明治19( 1886)年から設置されていた高等中学校が、明治27(1894)年の高等学校令により制度が改められ、旧制高等学校となる。男子に幅広い教養教育を施すエリート養成学校を目指した。
旧制高校とは?

大正7年  旧制高等学校の増設

それまで8校のみであった旧制高等学校だが、大正7( 1918 ) 年の新たな高等学校令公布以降各地に新設され、41校まで数を増やす。これにより、多くの若者に高等普通教育の道が開かれた。
旧制高校とは?

昭和25年 旧制高等学校の廃止

戦争による修業年限の短縮や学徒動員・出陣などの激動の時代を経て、戦後には女子の入学など新しい動きもあった旧制高校だが、昭和25(1950)年の学制改革により、制度廃止となった。その伝統と教育は、新制の大学等へ受け継がれている。 

 

◆旧制高等学校は旧帝国大学への進学の特権を与えられた学校制度でした。各高等学校では、独自の校風のもとに学生の多様な能力を引き出す個性的なエリート教育が行われ、多くの人材が育ちました。寮生活、教養主義、弊衣破帽など、旧制高校生ならではの文化は今なお多くの人をひきつけます。バンカラ日記がロマンあふれる旧制高等学校への入口になれば幸いです。
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次回は旧制高等学校の奇習「寮雨」について紹介していきます。

 

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信州大学 大学資料センター スライドショー「思誠寮生の青春日誌」のご案内

信州大学創立70周年・旧制松本高等学校100周年記念事業で制作されたスライドショーです。
スライドショー「思誠寮生の青春日記」

「旧制高等学校といえば学生寮」というほど両者の結びつきは強く、全国から集まったエリートたちは、学校においては「教養主麓」、寮においては「自治」の洗礼を受けながら、人間としての成長を遂げていきました。
 「自治こそ寮の誇りなり」「記念祭にかける情熱」「戦争と思誠寮生 」「信州での寮生活」の4章仕立てで、松高生の青春を振り返ります。

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こちらの画像をクリックすると
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信州大学 大学資料センターでは
その他様々なコンテンツをお楽しみいただけます。

映像「信州大学のあゆみ」~信州の高等教育:黎明期から大学誕生まで~

映像 池上彰氏トークセッション「信州の高等教育黎明期」