学芸員雑記 入山辺(いりやまべ)のコトヨウカ行事
松本市には、毎年2月8日頃、藁で大きなツクリモノを作り、厄を払い、無病息災(むびょうそくさい)祈願、豊穣(ほうじょう)祈願する地区があり、8つの地区の行事が松本市重要無形民俗文化財に指定されています。このうちの6地区が山辺地域にあります。
入山辺のコトヨウカ
山辺6地区のうちの里山辺(さとやまべ)の1地区は、世帯数の減少などにより現在は行事を休止しています。また入山辺の1地区が、コロナの流行に配慮し令和5(2023)年は行事を休止しました。
令和5年に行事を行ったのは、入山辺の4地区でした。
舟付(ふなつけ)の八日念仏(ようかねんぶつ)と百足(むかで)ひき
舟付地区では2月8日近くの日曜日に行事を行っています。令和5年は2月5日でした。
朝、各家の玄関先でヌカエブシ(籾殻(もみがら)やトウガラシなど)を燃やして疫病神(やくびょうがみ)を防ぎます。
また餅をついて、地区の道祖神に供えたり塗りつけたりします。
地区の年番(ねんばん)の方々が公民館に集まり、藁で大きな百足を作ります。出来上がったらゾウリを付け、地区の中の石仏(蚕玉様)の前に丸めて供えます。
午後に、地区の方々が集まり、大きな数珠を回しながら念仏を唱えます。令和5年はコロナ流行に配慮して年番の方々だけが集まりました。
その後、供えておいた百足を地区の東の端まで持っていき、百足の尾で各家の玄関先のヌカエブシの灰を払って回ります。子どもたちが担当します。
全ての家を回り終えたら、地区の端まで持って行き、焼き払います。これにより疫病神を追い払います。
令和5年は雲ひとつない晴天で、西に北アルプスが綺麗に見えました。
厩所(まやどこ)の貧乏神送り
厩所地区では2月8日に行います。
朝、道祖神に餅を塗りつけます。
午後、地区の方々が公民館に集まり、藁で馬と、ジジ・ババと呼ばれる人形、馬にかぶせるムシロ、手綱(たづな)を作ります。ジジとババは馬の上に乗せ、ゾウリとワラジを付けます。
出来上がったらこれを囲んで大きな数珠を回しながら念仏を唱えます。その後、「貧乏神追い出せ」と声をあげながら、道祖神の前を通って河原まで持って行きます。
河原でもう一度、ワラウマを囲んで念仏を唱えたあと、焼き払います。これにより貧乏神を追い払います。
上手町(わでまち)の貧乏神送りと風邪の神送り
上手町地区では2月8日に行います。
夕方5時、地区の方々が公民館に集まり、藁で馬と、ジジ・ババと呼ばれる人形を作ります。ジジとババにはへのへのもへじで顔を書いた紙を貼り、南無阿弥陀仏と書いた杖を持たせ、馬の上に乗せます。
出来上がったらゾウリとワラジをワラウマに付け、ジジとババの間にロウソクを置いて火を点けます。お神酒でワラウマを清めたあと、塩と米をのせた皿をおき、ワラウマを囲んで念仏を唱えて厄を払います。
その後、「貧乏神まっくり出せ、風邪の神まっくり出せ、さっさとまっくり出せ」と声をあげながら道祖神の前を通り、地区の中をワラウマを引き回します。途中、ワラウマに火を点けます。
火の点いたワラウマを引き回しながら地区の端まで持って行き、そこで灰になるまで焼きます。これにより貧乏神と風邪の神を追い払います。
中村の風邪の神送り
中村地区では2月8日に行います。
夕方6時、地区の方々が公民館に集まり、藁で大きな百足(むかで)と、藁をよってサイコロと百万棒を付けたタイシメを作ります。タイシメは、出来上がったら公民館の玄関の上に祀り、前の年に祀ったタイシメは、百足に付けます。
百足が出来上がったらゾウリとワラジ、タイシメを付けます。
地区の子どもが百足にまたがると、隣の地区にある六地蔵(周囲は畑)まで引いて行きます。このとき「ナンマイダンボ」と声をあげます。
六地蔵まで来ると、近くの土手の上に百足をとぐろを巻くように丸め、置いておきます。翌日以降、焼き払って風邪の神を追い払います。
それぞれの年のコトヨウカ行事
新型コロナ流行により、ここ数年の行事は縮小されています。例えば、どの地区でも粕汁(かすじる)を飲んだり直会(なおらい)をする風習ですが、休止されています。念仏も、年番の方々だけで行う地区がありました。
このように、年によって行事の様子が違うのも、地域や時代を反映していく無形文化財ならではの良いところではないでしょうか。
旧山辺学校校舎にある藁のツクリモノ
校舎内(第9室)には、舟付、厩所、上手町、追倉(おっくら)地区の藁のツクリモノを展示しています。行事では燃やされてしまうワラウマや百足ですが、地区の方々にお願いして展示用に制作していただいた物です。その大きさや造形のこまかさを見ることができます。
(学芸員:岡野)