☆化石新聞第3刊☆

会田富士のご紹介

こんにちは!今回は「会田富士」のご紹介です。「富士?なんのこと?四賀にあるの?」と不思議に思ってしまいますよね。結論から言いますと、「会田富士」とは松本市四賀北部にそびえる山、虚空蔵山のことです。富士山のような綺麗な台形をしているため、昔から地元の方々に「会田富士」と呼ばれて親しまれています。特に冬の四賀小学校からの眺めは、頭がうっすら雪化粧をしており、本物の富士山のようで大変綺麗です!登山道が整備されており、アクセスも比較的良いので、夏場は登山を楽しんでいただくことができます。

会田富士の魅力

ここで、虚空蔵山の魅力を2つご紹介します。1つ目は「自然の豊かさ」です。登山の道中では、ツツジなど様々な花々を愛でることができ、山頂からは筑北村方面の見事な景色を眺めることができます!

2つ目は「歴史的趣を感じられること」です。虚空蔵山には中世の時代(1300年~1600年ごろ)に、虚空蔵山城という立派なお城がありました。虚空蔵山城は、四賀会田地区に住み着いた会田海野氏という国衆(戦国大名に仕える者)が、築城し本拠としました。現代に例えると、戦国大名が本社の社長、国衆が子会社の社長といったイメージです。会田海野氏は元々深志城(現松本城)を本拠とした小笠原氏に仕えていました。その後武田氏に仕えましたが、武田氏が織田信長に滅ぼされたことで、会田氏は孤立してしまいます。そして、元々武田氏が支配していた領域を誰が確保するのかという争いの中で、皮肉にも以前仕えていた小笠原氏に滅ぼされてしまいました。こうして会田海野氏は滅亡を迎えたため、虚空蔵山城も落城してしまいましたが、
現在もなおこのお城の一部が残っています。

最後に

皆さんもぜひ、自然豊かで歴史的な「会田富士」に訪れてみてはいかがでしょうか?四賀地区は化石だけじゃないんだと知っていただけたら嬉しいです!!!

 

 

 

☆化石新聞第2刊☆ 

長野県天然記念物現地保存「穴沢のクジラ化石」のご紹介

こんにちは!化石新聞第2刊は、現地保存「穴沢のクジラ化石」の紹介です。昭和11年12月13日、四賀地区穴沢川の左岸で砂防工事中にクジラの化石が発見されました。
穴沢のクジラ化石

この化石が発見された昭和11年は、第二次世界大戦開戦のわずか3年前です。よって、一般人が化石の研究や動物の進化について考える余裕などありませんでした。このような時代背景の中、当時の会田村(現四賀地区会田)は、この化石を貴重なものとして現地保存し、天然記念物として申請すべく多額の金銭を投じました。今から80年以上前の関係者の先見の明によって、13個の椎骨、9本の肋骨が産出したままの状態
で保存され、今なお残っています。昭和13年に長野県天然記念物に指定され、昭和48年に「穴沢のクジラ化石」として再指定されました。今では「松本のたから」として多くの人に親しまれています。

最後に

皆様も、四賀に立ち寄った際はぜひ「穴沢のクジラ化石」を鑑賞してみてはいかがでしょうか。「穴沢のクジラ化石」の詳しい場所が知りたい方は、化石館にお立ち寄り下さいませ。

 

 

☆化石新聞創刊号☆

化石新聞刊行スタート

こんにちは!当館ホームページにて、「化石新聞」を定期的に掲載することになりました。化石新聞では、当館の展示品のご紹介や四賀地区の魅力、化石・地質に関することなど、様々な情報をお届けします。

化石館のはく製とインスタ映えスポットのご紹介

記念すべき第1刊は、当館のインスタ映えスポットのご紹介です!皆さんは、化石館にたくさんの動物の剥製があるのをご存じですか?実は化石館には化石だけではなく、貴重な剥製が展示されています。これらの剥製は、あの居酒屋グループ「養老乃瀧」の創始者木下藤吉郎氏(本名:矢満田富勝氏)に寄贈いただいたものです。現在、当館の2階展示室に展示しています。そんな動物たちの剥製の中でひと際目立つ動物がいます。百獣の王ライオンです!!!そんなライオンと記念撮影ができるインスタ映えスポットをご用意しています。体長2メートル超えの雄ライオンと間近で写真が撮れるのは当館だけだと思います!動物園でもかないません。ぜひともご家族でライオンと一緒に記念撮影をしませんか?

ライオンのはく製

 

 

 

☆四賀化石館ぬりえ広場☆

大人気のぬりえをおうちでも楽しもう!

四賀化石館で大人気のオリジナル「ぬりえ」を、ご自宅でも楽しんでいただきたく、ホームページにてご用意しました!下記からダウンロードいただき、プリントアウトして家族みんなで楽しい時間をお過ごしください

以下よりダウンロード!

オリジナルぬりえ4種↓ ※A4の用紙に図柄が2種類印刷されます。半分に切ってお使い下さい。

シガマッコウクジラ/シガウスバハギ

シナノトド/アンモナイト