☆新しい四賀地区マップ完成のご案内☆

迫力の四賀地区マップが完成!

 こんにちは!化石館学芸員の小林です。今年は連日雪が降り、冷え込む毎日で音を上げています。長野県生まれ長野県育ちの私ですが、断然夏派です(笑)おすすめの防寒グッズがあったら教えて下さい。
 さて、化石館1階ロビー中央の四賀地区マップが新しくなりました。今回の地図は、化石館職員や地元のイラストレーターさんの協賛の下、地元の方々にもご協力いただきながら約1年を掛けて完成致しました。ご尽力いただいた方々に、この場を借りて御礼申し上げます。
      四賀地区マップ 

新しい地図の魅力

 新しい地図のコンセプトは「海の中の旅」です。ご存じの方も多いかと思いますが、長野県はおよそ1000万年前「フォッサマグナの海」と呼ばれる海でした。長野県が海だった頃を想像しながら四賀の散策をしてもらいたいという想いで、四賀周辺地域を青で塗り、長野県の海を表現しました。シガマッコウクジラやアロデスムスに並ぶ展示として、皆様に楽しんでいただけるような地図に仕上がったと思いますので、ぜひ足を運んでご覧下さい。               

海をコンセプトにした深い青のらせん階段

海をモチーフにした深い青のらせん階段

海を泳ぐミンククジラを表現

海を泳ぐミンククジラを表現

 

新しい地図の楽しみ方

 皆様に海の中を感じていただけるような地図が完成しましたが、より一層楽しめる方法をお伝えします。それは、地図を鑑賞して面白そうな場所に実際に訪れてみることです。小学校時代の理科や社会の授業の風景は覚えてないけれど、社会科見学や課外学習に行った思い出ははっきりと覚えているぞ!という皆さんも多いと思います。百聞は一見に如かずです。実際に触れて、見て、感じることで色々な勉強にも繋がりますし、きっと忘れられない思い出になることでしょう。以下に、学芸員の小林がおすすめする穴場スポットをいくつかご紹介しますので、皆様もぜひ「化石と歴史の街四賀」にぶらり途中下車してみてはいかがでしょうか?

ご希望の方にはポケットサイズの四賀地区マップを配布中です。詳しくは窓口まで。

ご希望の方にはポケットサイズの四賀地区マップを配布しております。詳しくは窓口まで。

学芸員おすすめの四賀穴場スポット①廣田寺(歴史)

 江戸時代は徳川幕府がそれぞれの地域を藩(現在の市町村のようなもの)として置き、幕藩体制という支配体制を採用していました。当時は松本市も松本藩として栄えました。一方で、四賀は鉄砲の玉の原料である鉛が多く産出する地域であったため、松本藩ではなく、江戸幕府が直接的に支配する直轄領に組み込まれました。幕府に大切にされていたため、明治時代初期に起こった「廃仏毀釈」(仏教寺院を破壊し、仏教を排斥した運動)を免れ、今でも四賀にはとても立派で貴重なお寺が数々残っています。
 四賀地区で随一のお寺で私が最初におすすめするのが廣田寺です。曹洞宗のお寺で、戦国時代に小笠原氏や武田信玄に仕えた地元の豪族、会田氏の菩提寺(代々のお墓があるお寺)になっています。屋根をよーく観察すると、「六文銭」の家紋が描かれています。六文銭は真田幸村で有名な真田氏の家紋として知られています。そんな六文銭が何故廣田寺にあるのだと不思議に思いますよね。理由は、「六文銭」は真田氏や会田氏の本家である海野氏の家紋であるからです。つまり、真田氏と会田氏は同じ家を生まれとする親戚です。余談ですが、安曇野市豊科の田沢や光にも海野氏の分家が入っています。とても迫力があるだけではなく、以上のように他の地域との関わりや歴史の趣を感じられる場所ですので、ぜひ足を運んでみて下さい。
     廣田寺の写真

学芸員おすすめの四賀穴場スポット②洞光寺(歴史)

 次におすすめするのは、洞光寺です。私が訪れた際には、住職さんがとてもご親切に案内して下さいました。中でも素晴らしいのは、長野県宝になっている「絹本著色真言八祖像」です。残念ながら普段は一般公開されていないのですが、年に数回お披露目されるみたいなので、強運の方は拝めることができるかもしれません(笑)
 また、本堂入って正面の欄間に描かれた絵は、狩野派の絵師の作品らしく、歴史の奥深さと色の美しさが感じられ、感動しました。他にも、木曽義仲が戦勝祈願の参拝に立ち寄った際、兜を置いたとされる兜石もあります。秋は綺麗な紅葉が見られるようなので、季節は秋がおすすめです。
     洞光寺本堂

学芸員おすすめの四賀穴場スポット③穴沢のクジラ化石(自然)

  続いてご紹介するのは、穴沢のクジラ化石です。昭和11年12月13日、四賀地区穴沢川の左岸で砂防工事中にクジラの化石が発見されました。この化石が発見された昭和11年は、第二次世界大戦開戦のわずか3年前です。よって、一般人が化石の研究や動物の進化について考える余裕などありませんでした。このような時代背景の中、当時の会田村(現四賀会田地区)は、この化石を貴重なものとして現地保存し、天然記念物として申請すべく多額の金銭を投じました。今から80年以上前の関係者らの先見の明によって、13個の椎骨(背骨)、9本の肋骨が産出したままの状態で保存され、今なお残っております。昭和13年に長野県天然記念物に指定され、昭和48年に「穴沢のクジラ化石」として再指定されました。今では「松本のたから」として多くの方に親しまれています。
    穴沢のクジラ化石

最後に

 今回は新しくなった四賀地区マップと学芸員がおすすめする四賀の穴場スポットのご紹介でした。化石で有名な四賀ですが、戦国時代の山城の跡や江戸時代の宿場町が3つ残っており、歴史的にもとても魅力ある場所です。四賀化石館にお立ち寄りの際は、ぜひ地図をご覧になり、オリジナルの散策コースを考えて観光してみてはいかがでしょうか。